絶望書店日記

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絶望書店主人推薦本
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』

冤罪、殺人、戦争、テロ、大恐慌。
すべての悲劇の原因は、人間の正しい心だった!
我が身を捨て、無実の少年を死刑から救おうとした刑事。
彼の遺した一冊の書から、人間の本質へ迫る迷宮に迷い込む!
執筆八年!『戦前の少年犯罪』著者が挑む、21世紀の道徳感情論!
戦時に起こった史上最悪の少年犯罪<浜松九人連続殺人事件>。
解決した名刑事が戦後に犯す<二俣事件>など冤罪の数々。
事件に挑戦する日本初のプロファイラー。
内務省と司法省の暗躍がいま初めて暴かれる!
世界のすべてと人の心、さらには昭和史の裏面をも抉るミステリ・ノンフィクション!

※宮崎哲弥氏が本書について熱く語っています。こちらでお聴きください。



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2002/8/20  飛鳥を殺されたのは貴様もか?!

 あたしはウェブ上の揉め事なんぞにいっこうに興味がないのであるが、メディアのゆくすえを指し示すかも知れんということで2ちゃんねるのひろゆきと切込隊長のケンカには注目していた。
 これが内情を識らない者にはじつに判りにくい展開で、とくに切込隊長がひろゆきに対して放った「まだ2ちゃんねるの管理人でいられるとでも思ってるの? 」というセリフの意味するところが、あたしにはよく判らんのであった。
 それがケンカの舞台として用意されたひろゆきvs切込隊長ボクシング試合企画4(@w荒スレに4日前に出てきた謎の人物の

    

245 :参加するカモさん :02/08/16 01:17 ID:wMwMpfeL

>>240

ひろゆきも夜勤も救おうと思ったら、見た目別れたようにして
おかないとどっちも倒れて終わる可能性が強いだろう。

 × もう残された時間はあまりない。
 ○ もう時間は残っていない。

悲しいけど、ひろゆきは芽がなくなった。

メディアに叩かれ始めないうちに、夜勤主導で何とかするか、
ポスト2ちゃんねるを作って避難所を作る他ない。

という発言ですべてが判ったような気になったのであった。
 この ID番号「wMwMpfeL」の謎の人物(えー「参加するカモさん」というのはイベント板で無記名で書き込みをすると全員につく名称なのでお間違えのなきように。あらためて考えてみると見事なまでに殘酷なる名付けではあるな)はこの夜だけ顕れて己の心情を吐露して去っていったのだけど、あたしは2ちゃんの命運やメディアの未来なんてことより、とりあえずこの謎の人物の発言に興味を掻き立てられた。これはまさしく飛鳥を殺されし者の慟哭である。

 このスレは1ch.tvウォッチスレと同じく何故かどうでもいい雑談をする連中が多くて、なんでわざわざ試合が開始されたリングにしゃしゃり出てくだらない世間話をはじめるのかあたしにはまったく理解できんのだけどとにかくうざいので、謎の人物と対話相手の夜勤氏と流れを読むための最低限の発言だけのよりぬきをつくってみた。
 ほんとは誰かがやるだろうからそこにリンクを張らせてもらおうとリアルタイムで読んでから4日間待っていたのだが、もうひと山ありそうでそこで流れがはっきりするからなのかどこのウォッチサイトもスルーしている。そのうちBWPとかぶるような気もするが、まあ2ちゃん用ブラウザを使ってない自分のためのまとめとしていいだろう。上記のスレの240から後を全部、あるいはそもそもの経緯を最初から読むに越したことはない。

 これによるとwMwMpfeL氏はなにやら護るべきものを持っているらしく、ひろゆきの訴訟相手が戦術として周囲にも賠償を被せてくる恐れがあるので袂を頒ったとのこと。これはまあ別れたあとの己への言い訳くさいところもあるものの、いずれにしても言い訳だの悔恨などあるうちは<絶望>とは云えぬ。悔いなどというものはあくまでも己への慰めで、護るべきものはおろか後悔さえ赦されないところから<絶望>ははじまるのだ。
 そもそもここで言及されているひろゆきの危機とかいうのはこれまでも十二分にあったわけで、これまでと同じように案外ひょいひょい躱してしまうような気もする。だいたいが破産や刑事罰なんてのもべつに大した話ではなく、歴史的に見てグーテンベルクの破産以来、新しいメディアのほとんどはそこから出発している。現在の既存のメディアがだらしないのは刑務所にさえ入ったことのない連中がやってるからで、法だの律だのに準じているようではまともなメディアとは呼べないとも云えるわけだ。
 つまるところwMwMpfeL氏の飛鳥はひろゆきではなく、己の想い描くひろゆきとのズレである可能性があるわけで、これからじわりじわりと彼の飛鳥が殺されるという展開がありうるわけである。一連の騒動が限りなく色恋沙汰に見える由縁でもあろうか。
 もっとも、事業化の話のときに、2ちゃんねるを側面から支える正統派のメディアを育成する必要はあるのでないかとあたしは想っていたのだが。一応そんなことも頭に置きながら国際個人通信社なんてな話も書いたんだが。wMwMpfeL氏の話のように既存のメディアからの2ちゃん攻撃がはじまるのだとしたら、なかなか見物のような気もする。あたしは既存のメディアの威力というものを結構脆弱な張り子の虎じゃないのかと甘く考えているのだが。とくに護るべきものを持たない相手に対しては。
 はっきりさせてくれるのなら、どっちに転んでも面白そうではある。歴史上、この手の対決では新しいほうが勝っている場合が多いのだが。はてさて。
 2ちゃんねる研究が繰り返し強調しているネットのメディアとしての<弱さ>みたいのものは、すべてのメディアの初期に云われていたこととあんまり変わらないとあたしは見ている。これまでとちょっと違うのは既存のメディアというか既存の企業の生き残り策が大規模かつ戦略的なことで、著作権の問題だけが注目されてるようだがもうちっと大きい視点で歴史も踏まえて視る必要があるんではないとあたしは想っている。

 あたしはメディアから情報を取っ払うとどうなるのかなと考えつつハトを盗むなんてな駄文を綴って、この「ハトを盗む」てタイトルは一応二重意味でこりゃ我ながらひねりがないなと想っていたのだが、謎の人の文章を読んでいると結局こんな方向しかないような・・・・・。
 タイミング良過ぎ。


2002/8/15  ハトを盗む

 少年犯罪データにハトを盗むなんてな事件がいくつかありまして、不思議に感ずるお若い方が少なからずいるようです。元の記事にもはっきりとは書かれていないのですが、これはおそらく伝書鳩のことなんでありましょう。
 あたくしも世代的に伝書鳩について詳しく識ってるわけではないのですが、子供の頃に観たドラマなんかにはよく出てきましたので多少のイメージは湧きます。
 伝書鳩とはいまで云うところの携帯電話でありましょうか。それも生き物が運ぶわけですからまさしくポストペットなわけです。さらには軍隊や通信社でもないかぎり実用性は皆無で、レースでほかのハトと競うために飼うわけですから、これはもう完全にポケモンであります。
 ちなみに新聞社が伝書鳩を使っていたのはちょうどこの少年犯罪データの翌年の1965年の1月まででして、わりと最近まで使っていたのだなと驚きますが、考えてみれば文章だけなら電話や電報でも届けることができますが写真はそういうわけにはいかず、また伝書鳩というのは千キロの距離を休みなく時速80キロなんかで飛ぶそうですからファクシミリがまともに実戦に使えるまでは最速のメディアだったのでありましょう。現場から新聞社まで直接飛ぶことを考えれば、開通したばかりの新幹線と結構いい勝負です。

 実用性のまったくなくなった伝書鳩をいまではレースバトと呼ぶとのことで、いまだに数万人の愛好者がいるそうです。やってるのは高齢者がほとんどみたいですが。
 競馬馬とまったく同じ世界でして、血統のいいハトは1羽で数千万円もするのだそうです。ポスペでポケモンでおまけに高価とくれば、昔のお子さんが盗もうとするのも合点がいきます。こちらのページのまんなかへんには子供の頃のおともだちの「ながさわくん」が苦労して高価なハトを手に入れる話がありまして、昔のお子さんのハトへの情熱が窺えます。
 こんなページを求めてウェブをうろうろしていて気づくのは伝書鳩を飼っている方のページが極めて少ないことでして、知り合いが飼ってるとか、レース中に迷ったハトを飼い主に返してあげたとかという話がたくさんあるのと比べても異様なくらいの少なさです。
 ネットというのはあらゆる意味に於いて伝書鳩の正統なる後継者のはずなんですが。ネットをやってる側にはネットを伝書鳩に例えている方が無数にいるのに、伝書鳩を飼ってる方のほうにはそんな意識はさらさらないようで。日本伝書鳩協会のページに数万人の愛好者のうちネットを使いこなしているのは10-20%という推計がありましたが、あたしが見て廻った実感もそんなところです。
 普通の人にとってはもともと実用性などなかったはずなのに、いまでも伝書鳩を飼ってる方はほぼ全員が実用的に使われていた時代を識っている世代であるのと合わせて、なかなか興味深い現象ではあります。情報を伝える必要がなくなったことに意味があったのか無かったのか。いろいろねじれてこんがらがっています。

 えー、絶望書店日記をご愛読の皆様方に於かれましては何を云わんとしているのかすでにして薄々勘づかれているのではないかと存じますが、そうです、情報を伝えるという本来の役割はほかの技術に奪われんとして迷走しているあの古いメディアの話でございます。
 伝書鳩界には2大派閥があるようで、そのひとつの日本鳩レース協会の収支報告を見ると会費やハトの脚につけるナンバーで年間何億円もの収入があって結構よろしく廻っているようです。これのほかに高価なハトの売買市場があるわけでして、愛好者が日本全国すべて合わせてわずか数万人という規模を考えれば大したもんです。
 本の世界もさっさと実用性などとは完全に手を切って、このくらいの市場規模で廻すのが理想的ではないかと考えるのですが。
 しかし、ひとつ気になるのはヒトとの<競争>というのがハト市場の原動力となっていることでありまして、中身の情報や実用性とは関係なくヒトとの<競争>が原動力となっている市場というのはすでに本の世界にもあるわけでして、どうもこういうさもしい方向性しかないのでありましょうか。
 ハトを飼うなんてのはもともと王侯貴族の趣味だそうで、日本でも実用性とは違う意味で最初に飼いはじめたのは船場の旦那衆だったそうで、そういう優雅な、詰まらんコレクション競争に血道を挙げるのではなくすぐに手に入る本を自分だけの豪華な装幀をほどこすなんてな具合の高級な趣味になればいいのですが。ハトのほうはまだしも血統交配だとか訓練育成だとかの段階があって結構近い感じもいたしますが。

 レースには年間160万羽のハトが参加し、そのうちの38%にあたる60万羽が帰巣できずに迷子になるそうです。また、エサ代が莫迦にならないので病気やケガをしたハトはすぐに処分したりするのだそうです。そんな一方で日通の迷い鳩お届けサービス全自動記録システムなんてなのが発達したりして、実用性を失っての進化の袋小路と申しますか、バロック的な進化をいろいろ遂げているようでなかなかおもしろそうな世界ではあります。このハトたちは情報の代わりにやはり何かを伝えて飛び続けているのでありましょうか。
 あたしは情報論なんてのにはあんまりくわしくないので、情報を伝えなくなったあとのメディアがどうなるかなんて研究があるのかどうかよく識らないのですが、書物のゆくすえもこういう方面から考察してみるのもなかなかよろしいんではないかと存じます。
 こちらの方は本が伝書鳩以下ではないかと嘆いておられているのですが、そこで紹介されている例以外も含めると迷子率はいい勝負ではないかと想います。本のほうはいまだに実用品だとか必需品だとか考えるから悲しくなるだけのことでありまして、元来いい加減な物好きの道楽だと考えればなんということはありません。
 バロック的進化はまだまだだと想いますが、意識が変わればおもしろくなることもあるでしょう。情報を伝えなくなってからが本当のメディアの姿だと云えなくもありますまい。


2002/8/6  飛鳥を殺したのは貴様か!!!!

 あたくしの永遠のヒーローはやはり早川健でありまして、絶望書店主人のような輩のヒーローが早川健というのはどうにもベタな話ではございますが、こればっかりはいたしかたございません。
 ファミリー劇場で『怪傑ズバット』がはじまりまして、10年ぶりくらいに観ました。いやあ、よろしいなあ。やっぱり、ええ男やわあ。

 いまだに『怪傑ズバット』をギャグとして鑑賞し、あまつさえ早川健のキザな姿を嘲笑ったりしている愚か者がいるようです。真の男とは、真の絶望とはなんであるかを解することのなき、哀れむべき莫迦者どもであります。
 あれほどのキザを支えているのは絶望以外のなにものでもない。謡曲の空疎にして華麗な美文の背後にある眞に深き絶望とまったき同じ絶望。
 早川健のやっていることは復讐だ。つまり、過去に属した、すでに終わってしまっていることなんだ。己の眼の前でむざむざ親友の飛鳥を死なしてしまった。もう取り返しのつかないことなんだ。すでに終わってしまっていることなんだ。

 終始、嫌味ったらしい余裕を見せながらキザに振る舞っている早川健は、最後に悪党を締め上げるときだけは余裕をかなぐり捨て、哭き出しそうな声で己の過去と存在のすべてを掛けて絶叫する。
「飛鳥を殺したのは貴様くわあぁぁぁ!!!!!」
 悪党の答えはいつも決まっている。
「ち、違う・・・・・」
 早川健はさらに咆吼する。
「そおれではあ、誰なんだあ!」
「し、知らん・・・・・」
 悪党はがっくり息絶える。顔の部分だけ元に戻った早川健は、その不格好な姿で夕陽を背に受け立ち尽くす。
「飛鳥・・・・・。ここにもおまえを殺した奴はいなかった。だが、必ずやカタキはこの俺が倒してみせるぜ」
 早川健はギターを抱えながらどこへともなく去っていく。

 つまり、毎回、悪党を倒しても飛鳥殺しを見つけることはおろか、手掛かりさえひとつも得られないのだ。「ズバッと参上!ズバッと解決!」と云いながら、肝心のことは何も解決せんのだ。
 ただ行き当たばったりに捜し歩いて、仇に辿り着くまで手当たり次第に愚直に敵を倒していくだけだ。絶対を見つけるために、相対を端からひとつづつ潰していく。絶対を手に入れるにはもっとも正しいやりかただ!
 しかし、当面の敵のことは仔細に調べ上げ、そいつがサイコロや剣の達人であることをあらかじめ識っており、相手以上の技を身に着けておく。それではじめて
「おまえはすぐれた剣術遣い。だが、ニッポンじゃあ二番よ」
とキザなセリフを吐けるわけだ。あまりに正しき絶望者の姿だ!

 本放送を最初に観たときまだ絶望を解さぬ子供だったあたしは途中で観るのをやめてしまった。それ以降、近所のレンタルビデオ屋に何故か途中までしかなかったために、じつは未だに最終回を観ていない。
 飛鳥殺しの犯人が誰だったのか、早川健は復讐を遂げたのか、それからどうなったのかまったく識らない。
 観る機会などいくらもあったのだろうが、じつに25年もうまい具合に擦り抜けてきた。識るのが怖かったのだ。
 いよいよ今回は最終回を観てしまうことになるのであろうか。己の眼の前であたしの飛鳥を死なしてしまったあたしは、永遠のヒーローである早川健が復讐を終えた姿を観てどうなってしまうのであろうか。
 こんなことに怯えているようでは、早川健の境地まではまだまだ遠いということか。飛鳥は死ぬわ、カッコ良さは手に入らんわではまったくわりに合わんな。

 ところで、今回ひさしぶりに観て、ガキキャラが何故か最近あたしの視界にむりやり入ってくる何某にあまりに似ていることに気が付いて鬱になっている。うーん、あんな文章を書いてしまったばちなのか。ヲタク界がしっかりしていれば、あたしがあんな詰まらない文章をわざわざ書くこともなかったのに。リンクの怖さというのもあるのだな。
 ガキの記憶はまったくなかったので、たぶんすぐに消えるキャラだとは想うのだが。早く消えてくれることをひたすら願うのみ。あたしのニッポンじゃあ一番のヒーロー物『怪傑ズバット』がこんなことで艶消しになろうとは・・・・・。
 タイミング悪過ぎ。


2002/7/13  おまえら!この妄想を買え!!!! 2

 おまえら!この妄想を買え!!!!に於いて披露したシステムを本の販売のためのものとして捉えた諸氏が多かったようである。
 これは逆に個人の読者が自分の読みたい本を出版させるためのものであり、コミケが自分の書きたい本を出版するためのシステムであるのと対称を成し、従来の出版界が機能不全になるなか新たな出版の<場>を形成するという壮大なる妄想システムなのである。
 この妄想は<ファウンデーション>の三段階を中心として絶望書店の書物に関する言説をすべて奉読せぬととうてい理解には及ばぬ。リンク集を掲げておくので最後まで幾度も幾度も読み返し、諸氏の腦髓にも妄想を注ぎ込むように!
 また、プログラミングが得意な諸氏は分散型アソシエイトプログラム<蜘蛛の絲>を改良するオープンソース運動に加わり、正義の革命ための聖戰の勝利に身を捧げるように!!

   双子の黒薔薇 本とは何ぞ?!
   2000/10/31  唯一の新刊書店、その誕生と終焉
   2000/11/17  <ファウンデーション>の三段階
   2000/12/14  本を捨ててるのはお前だ!
   2001/3/23  本よ!流れにのみ顯現す儚き命よ!!
   TITLE: この姉妹を愛でよ!!
   2001/4/9  本を直接売る話
   2001/4/12  本はなかなかナンギな話
   2001/4/13  鬱だ、しのう
   2001/4/14  本についてのまとめの話
   2001/5/22  本よ!メタモルフォーゼせよ!!
   2001/8/14  この妄想こそが出版なのだ!

 なお、すべては出版者の根源的姿勢である『蜘蛛男』の魂を取り戻すためにある。その点はつねに忘れることのなきように。
 関係ないけど最近の絶望書店のいち推しは『女子技藝講習録』のファッション画であるのでちゃんと観るように。とっても素敵!!


2002/6/27  おまえら!この妄想を買え!!!!

 この妄想こそが出版なのだ!に於いて『文化ファシズム』について記したおり、久本福子氏から「非常に過激な励ましのお言葉をいただき、ありがとうございます。感激しております」というメールを受け取っていた。同じくこの本を紹介していたCafe OPALには断固たる抗議のメールを出されたようで、これぞまさしく人徳と申せましょうか、当方には同類の匂いを嗅ぎ取っていただいたのでありましょう。
 それから1年近く別段交流もなかったのだが、先日2通目のメールをいただいた。当店で『文化ファシズム』をあつかっていただけないかということであった。紀伊國屋でも目立つように並べられていたり、当店にも検索してやってくる諸氏が数多かったり、この本は結構注目を浴びているのだが、時勢柄やっぱり苦戦を強いられているらしい。
 義を見てせざるは勇無きなり。 窮鳥懐に入れば。時今也桔梗旗揚。なんでもいいが、とにかく、現在唯一の書き手であり出版者であると当方が認むる久本氏の頼みとなれば捨て置けぬ。しかし、当店の棚にただ並べても面白くないので、かねてより吹いていた<ファウンデーション>建設をここにはじめることにした。平たく云えば、出版社と個人とを直接結ぶ分散型アソシエイト・システムである。
 つまり、当方は自分のサイトに注文フォームを置くだけで、注文の受け付け、発送、代金回収は出版社が一切受け持ち、当方は本の紹介をするだけで手数料をいただく。

 久本福子氏の出版社エディター・ショップと当方は以下の契約を結んだ。

1. システム参加者(乙)のサイトを経由した注文が入り、出版社(甲)が代金を受け取った時点で、乙が当該の本の価格の10%の手数料を受け取る権利が生じる。
2. 注文の処理は甲がすべての責任を有し、乙は甲の商品の購入申込書をサイトに置くだけで販売行為には一切関わらず、一切の責任を負わない。
3. 甲は手数料を四半期ごとにまとめて乙の指定した口座に振り込むか郵便為替で郵送し、振り込み手数料、または郵送料は乙が負担する。
4. アマゾンなどの同様のシステムでは参加者自身が本を購入した場合、手数料は払われないことになっておるが、このシステムに於いては乙自身の購入に対しても甲が乙に手数料を支払う。
5. 甲は乙が乙のサイトに当該の本の表紙画像を掲載することを許可する。その範囲に限り、乙は甲のサイトの当該画像をコピーして使用してもよい。

 これは書店としての絶望書店ではなく、当方個人が結んだ契約である。あたしの識る限り、出版社と個人とが契約するこのようなウェブ上のアソシエイト・システムはこれまで無かったのではないかと想う。<ほんとうの出版システム>と命名し、上記の条件で広く参加者を募集する。
 具体的には書評とともにこの分散型アソシエイトプログラム<蜘蛛の絲>を諸氏のサイトに置くだけである。
 諸氏のサイト名(例えば「絶望書店」)が併記された注文メールが直接出版社に送信され、同時に個人情報などは一切排除されてどの本がいつ何冊売れたかという情報のみが記入されたメールがシステム参加者に届くという、あたくしの天才的な貧乏性の閃きが編み出した恐ろしく原始的な分散型アソシエイト・システム用のJavaScriptプログラムである。サーバ管理の能力も費用もない弱小出版社にはこの原始的プログラムは逆に現実的であると考える。CGIは敷居が高すぎる。とにかく費用はゼロである。
 JavaScriptであるからブラウザーによっては動作しなかったり注文が届かなかったりする恐れがあるが、現状の出鱈目な出版流通と比してこの程度の不具合は許容範囲であると考える。出版社が代金を回収した時点で手数料が発生するため、参加者が不正を犯す余地はない。出版社側が不正を犯す可能性はあるがそれはどんな立派なシステムでも同様で、注文内容のメールが証拠として残るだけほかのシステムより有効であるだろう。ちょっと書き替えれば参加者が注文者の個人情報を抜くことは簡単だが、個人情報を集めるにはあまりに效率の悪いシステムであるし、ソースを観ればすぐにバレることでその輩が叩かれるだけだからあんまり心配することでもないと考える。
 このプログラムおよびアソシエイト・システムによってなんらかの不利益が発生しても当方は一切の責任を負わない。責任は出版社がすべて持つ。そのことに同意するのであれば、エディター・ショップ以外の出版社が当方に無断で使用してもプログラムを書き替えてもよい。契約は上記の条件に準拠することが望ましいが、とくに強要するものではない。久本福子氏ほどの度量がなくメディアに疎い出版者と評価されるだけである。

 小さい出版社のとくに年に数千部以下しか売れないような本は、本屋への直接の営業とこの<ほんとうの出版システム>だけで売るのが正しい姿であるとあたくしは考える。
 年に百冊以上も出す出版社や、あるいはベストセラー本にはこんなちまちました方式は向かない。そのために取次があり、空から適当にばらまくような大ざっぱな現在の流通も意味がある。大量流通システムに少部数しか売れない本を流すのはノイズを発生させて取次の利益も阻害しているだけで、棲み分けるのは両者にとってメリットがある。
 そもそも本が何万冊も売れるのは一種の事故に過ぎず、年に百冊も出版するはめになるのはただの災難に過ぎず、現在の流通システムはそのための保険機構みたいなもんだ。つまり、出版とは関係のないシステムであって、出版のために既成の大量流通システムを変革するなど莫迦気ている。最初から繰り返し述べているように、少なくとも日本では昔から本屋以外のところに出版の中心があって、そのための別の仕組みが必要なのである。
 人に己の想いを届けることが第一の目的である出版者にとって、出版とは読者ひとりひとりを見つけ出して一冊づつ手渡すのが本来の姿で、そのためのこの<ほんとうの出版システム>である。とくに出版の本来の姿である書き手自身による個人出版には有効であると考える。夾雑物を排し、きちんとしたフィードバックを得ることのできる、メディア本来の姿である。

 実際の配送をするわけでもないのに10%の手数料は高過ぎると感じる諸氏もいるやも知れんが、書店というのは根源的に執筆活動であり出版活動であるのだ!書き手の印税と同じだけの糧を売るだけの重要な役割を担うものであり、その責務の果たせぬただの運送仲介業者は書店とは呼べぬのだ!書店というのは執筆活動であり出版活動であるという本のあり方として基本的な概念を明確に掲げて実現させている書店は、日本に於いてこの絶望書店ただひとりしか存してはおらぬ!!!
 反対に書き手や出版社の第一の仕事は書店であることなのだ!いったい本とは何者で、貴君らの担わされし使命とはどのようなものであるのかを僅かなりとも考えたことがあるのなら容易に導かれるまったき正法である!そのためのこの<ほんとうの出版システム>である。!!!

 このシステムを考案し久本氏に提案したのは当方であるが実際の運用には当方は一切関わらず、契約はエディター・ショップと直接結ぶことになる。参加する諸氏はふってんなどで久本氏の姿勢を重々理解した上で臨むように。生半可な心構えで對峙することのできる御仁ではない。
 ひさしぶりにサイトを観ると、あいかわらず技術はないもののセンスだけで見事なレイアウトを組んでいて、旧ふってんからの進化は眸を瞠るものがある。文章のパワーも爆発しっぱなしで力技でねじ伏せに掛かる。
 改めて出版とは本とは妄想以外の何者でもないことを識らしめてくれる貴重なる存在である。本に妄想以外のものを求める輩など<本のド素人>であり贋者の読者に過ぎんのだ!
 そうだ!このシステムを久本福子氏の著書から開闢するは歴史的必然であったのだ!諸氏もここから久本氏の圧倒的な力の籠められし妄想を買って読め!感動はこの絶望書店主人が保証する!!!!

  おまえら!この妄想を買え!!!!2も参照のこと。



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