2008/12/31 『盟三五大切』の謎が完璧に解けた!
鶴屋南北の『盟三五大切』(かみかけてさんごたいせつ)では、最後に薩摩源五兵衛が「こりやかうなうては叶ふまい」というよく判らないセリフを吐く。
これまでいろんな人がこのセリフについての解釈をしているが、あたしにはどうにもピンとこないでいた。それが、管賀江留郎氏の江戸時代のモテない男の無差別殺人事件を読んで、初めてこの芝居の構造が判り、このセリフの意味がはっきりした。いや、思わず知らず「こりゃこうのうてはかなうまい」と呻くこととなった。
初演から180年間、これまで誰ひとりとして読み解くことができなかったこの芝居の意味を知るや、諸氏も思わず知らず「こりゃこうのうてはかなうまい」という言葉が口から漏れるに相違ない。また、南北の恐るべき忠臣蔵の読み取りも判明して驚愕することとなろう。
順を追って説明してみる。
この芝居は、文政7年(1824)7月28日に江戸深川の妓楼で松平因幡守辻番の足軽野村三次郎が5人を殺害した実際の事件を元にしている。加藤曳尾庵『我衣』(『日本庶民生活史料集成 第15巻』収録)によると、馴染みの遊女哥咲に怨みを抱いて殺そうと夜中に押し入ったが従業員の男に留められ斬り殺して逃走、明け方にもう一度押し入り遊女4人を斬り殺し、先の殺した男の死骸を引き取りに来た男1人を重体、料理人を軽傷とする執念深さだった。後日の改めて情報を集めた記述では遊女3人は重傷を負わしただけで死んでないようにも読み取れるが、いずれにしても肝心の怨んでいた哥咲が逃げて無事だったことには変わりない。
足軽は逃亡し、あるいは逃した遊女の行方を追っていたのかも知れないが、恨みを晴らせないままに8月1日に銀座で逮捕された。
怨んでいた理由は判らないが、とくに漏れ伝わらなかったということはごく普通に惚れていたけど振られたということだろう。少なくとも南北を含めて当時の人々はそう考えていたはずだ。
9月に天然痘が蔓延し、医者だった加藤曳尾庵は多忙を極めたので日記の更新はなくなり、そのまま年末に、これまで役にも立たないことばかり二千枚以上も書いてきた我が罪が恐ろしく「もはや一筆も起すまじと心にかたくちかいける」とブログ終結宣言を出して、くだらないことばかり書く罪も一向に自覚せず未練がましく一年ぶりに書いたりするどこやらの痴れ者とは違ってほんとに一筆も起さなかったので、この足軽がその後どうなったのかは定かではないが、間もない頃に死罪となったのは間違いないと思われる。
『盟三五大切』は翌年の9月25日の初演だが、並木五瓶の『五大力恋緘』(ごたいりきこいのふうじめ)の<世界>なのに、五人斬りの場面で惚れた芸者の小万に逃げられてしまうのはこの事件を踏まえているからだ。
それからしばらくのちに小万の殺し場があるのは、振られた怨みある女を討ち漏らしたまま死刑となったモテない足軽の無念を、忠臣蔵と同じく一年後に晴らすという、<非モテ忠臣蔵>としてこの芝居を創作したということで間違いないだろう。
小万の首を斬り落として持って帰るのは、忠臣蔵で<義士>たちが高師直(吉良上野介)の首を主君の墓がある光明寺(泉岳寺)に持ち帰ったのに対応する<非モテ義士>の武勲を示す壮挙となる。
ところが、薩摩源五兵衛(不破数右衛門)は首と差し向かいでご飯を食べたあとに怒って首にお茶をぶっかけ、事の成就にまだ満足していない。恋敵の三五郎を討っていないからだ。
そうなるとこの場面にある四斗樽のなかに隠れている三五郎は、炭小屋に隠れている高師直(吉良上野介)となり、その死は仇討ち成就ということになる。
また、己には小舅となる小万の兄を殺した罪で切腹する三五郎は、主のために騙し取った金が、じつはその主のものだったという「いすかの嘴の食い違い」から、早野勘平でもあることが容易に判る。宿敵・高師直であり、早野勘平でもある三五郎が、さらには180年間誰も気づかなかったもうひとりの化身であることを知るや、「こりゃこうのうてはかなうまい」と唸ることになるのである。
ウェブ上ではもっとも頼りになる歌舞伎評論を展開している歌舞伎素人講釈でさえもそうで、『盟三五大切』の最後が討ち入りになるのは忠臣蔵が<デウス・エクス・マキーナ>として働いていると云う人が多いのだが、明確な間違いだ。源五兵衛の側も三五郎小万の側も、忠臣蔵と関係していることは最初から強調されて、そのためにすべての事件が起きるのであって、最後に唐突に忠臣蔵なり義士なりが出てくるわけではない。
しかし、源五兵衛は討ち入りには参加したくないという立場で関わっており、最初は女に入れあげたため、最後はその女も含めて大勢の人を殺してしまったためとなっている。それが、どうして急に<義士>に参加することになるのか。
森山重雄『鶴屋南北 綯交ぜの世界』にあるように、これは<やつし>なのだから、源五兵衛が不破数右衛門に戻ったところで別人物になって罪が消えてしまうからだというのは明らかに正しくない。彼は不破数右衛門として罪があるから討ち入りに参加したくないと云っている。そもそも、不破数右衛門であることは最初からはっきりと割れており、これは<やつし>でさえない。
民谷伊右衛門と小万の兄の弥助のふたりが塩冶家の金を盗んだために、その日の金蔵の当番だった不破数右衛門は殿様の勘気に触れて浪人となって薩摩源五兵衛と偽名を使うようになった。塩冶判官の松の廊下での刃傷と切腹時は、塩冶家とは関係のない部外者だったのだ。
史実の不破数右衛門も家来を斬り殺したために主君・浅野内匠頭の勘気に触れて江戸で浪人中に主君切腹があり、赤穂藩と関係のない部外者だったために討ち入りのメンバーに入ることがなかなか赦されなかった。芝居で不破数右衛門を主人公にして、家来を犠牲にするのは、これらの事実も踏まえているのだろう。
『盟三五大切』に於いて主人公が討ち入りに終始乗り気でないのは、判官切腹が己と直接関係ないことが影響していると思われる。それが、三五郎切腹とともに一変するのだ。
そもそも、塩冶判官切腹とはなんなのか。『仮名手本忠臣蔵』では、高師直が塩冶判官の奥方・顔世御前に惚れて迫ったが振られたところから事件がはじまっている。
非モテである高師直が、惚れた女の亭主でリア充の塩冶判官を切腹に追い込み、振られた顔世御前も破滅させるという、非モテにとっては痛快この上ない復讐劇となっている。なんと!『仮名手本忠臣蔵』の前半は、<非モテ忠臣蔵>だったのだ!!!!
鶴屋南北は『東海道四谷怪談』と『仮名手本忠臣蔵』を交互に上演して<忠臣蔵>と<不忠臣蔵>の対比を見せた翌月に、『盟三五大切』に於いて単純に忠臣蔵を非モテ忠臣蔵にひねっただけではなく、『仮名手本忠臣蔵』の前半を忠実に再現することにより『仮名手本忠臣蔵』とは<非モテ忠臣蔵>と通常の<忠臣蔵>を二重に重ねた『東海道四谷怪談』とよく似た構成の狂言だったことを喝破して示したのである。
つまり、最後に切腹した三五郎は、早野勘平であり、主敵・高師直(吉良上野介)であり、さらには驚くべきことに主君・塩冶判官(浅野内匠頭)でさえもあったのだ。
塩冶判官切腹に立ち会って初めて、不破数右衛門は討ち入りに行くことができる。また、忠臣蔵という芝居は<世界>は、判官切腹があって初めて成り立つのである。「こりゃこうのうてはかなうまい」というセリフが出てくる所以ではある。
家来の死に当たって妙に客観的な他人事のような云い廻しで、そのあとのセリフともつながずにひとつだけ宙に浮いたような文句で、意味の解釈以前に言葉遣いとしてあたしにはどうにも気色の悪い違和感があったのだが、これは一番肝心なものを抜いた味気ない贋物の忠臣蔵を観せられてしまうところを最後の最後に、源五兵衛と三五郎の父親の了心のふたりが互いに切腹を競い合うという役違いのじらしまでされたあとに、ようやく判官切腹に巡り逢ってほっとした、観客が役者が作者が思わず知らず口から出る言葉だったのだ。
『盟三五大切』は忠臣蔵だけではなく、並木五瓶の『五大力恋緘』と、並木五瓶自身が書き換えた『略三五大切』(かきなおしさんごたいせつ)の<世界>を踏まえている。
これについては、下田晴美氏という広島大学の博士課程の方が、鶴屋南北作『盟三五大切』の構造 : 五瓶の五大力物を視座としてという論文で非常に手際よくコンパクトにまとめておられる。pdfだが、初演の絵本番付画像があるのでなかなか貴重だ。
女の首の前で茶漬けを食う場面が源五兵衛と三五郎にどう振り分けられてるかなんて細かい話は読む必要はないが、ともかく漠然と設定をいただいているだけではなく、極めて細かく緻密に計算されて取り入れていることだけは知っておいたほうがよい。忠臣蔵や四谷怪談も漠然と<世界>を取り入れているだけではなく、これほど緻密な計算があると裏付けできるからである。
さらには、初演は一番目が明智光秀物の『時桔梗小田豊作』(ときもききょうおだのできあき)、二番目が『盟三五大切』という構成で、「盟」というタイトルは明血(明智)を掛けているんだろうから、明智光秀の<世界>も取り入れていると考えたほうが自然だろう。
そうなると主殺しの主題が隠されていると見るべきで、討ち入りに参加するために、あるいはそもそものその復讐劇の<世界>を成立させるために主である塩冶判官(浅野内匠頭)を無理やり切腹に追い込むという、まさしく『金枝篇』の<王殺し>の如き話と捉えるしかない。ほかに明智物との共通点が見い出せないからだ。
三五郎切腹は単なる<見立て>ではなく、判官切腹そのものなのである。最初から明らかにされている忠臣蔵や義士が<デウス・エクス・マキーナ>なのではなく、なんの前触れもなくまったくの唐突に最後の最後に顕われて<世界>を忽然と開闢する塩冶判官その人が、<デウス・エクス・マキーナ>だったのだ。
さはさりながら、180年間誰ひとりとしてここに塩冶判官が顕われたことに気づかなかったのは無理もない。早野勘平や高師直をそこに視る眼力鋭い見巧者はいても、塩冶判官を見透かすことができるほど明確には浮き出ていない。あたしは<非モテ忠臣蔵>という構造から逆算して、ここまでようやく辿り着いた。
南北は前月の四谷怪談に於いて一枚の戸板の目まぐるしい裏表の交差を成功させた巧みな組み立てに自信を持ち過ぎ、明確に示さずにぎりぎりの処を狙い過ぎたのではあるまいか。次月の『盟三五大切』に於いて、まったく違うと思われたふたつの筋がひとつに交わるY字型の狂言構成のカナメを明確にせずとも受け取れられると観客を己を過信したのだ。
だからこそ、初演は不入りで早々に打ち切られ、のちの青年座による新劇とそれを元にしたATG映画『修羅』では三五郎のセリフに塩冶判官が云うはずもない言葉がいろいろ付け加えられ、さらには今年の歌舞伎座の仁左衛門はとうとう「こりゃこうのうてはかなうまい」というセリフを削ってしまった。郡司正勝さんにさえ、<世界>成立の秘鑰が見抜けず受け継げなかったのだろう。
切腹する三五郎を明確に塩冶判官と示して演出すべきだ。さすれば、まさしく<機械仕掛けの神>としてここで芝居が<世界>が丸ごとガンドウ返しを見せる快感で小屋が打ち震え、「こりゃこうのうてはかなうまい」と一斉に大向こうから声が掛かることとなるのは絶対である。
複雑に筋が入り乱れる南北にしては『盟三五大切』は単純で判りやすいという人がいるのだが、じつはそれは南北が一番肝心な要を軸を判りにくくしたための錯覚で、そこを明確にすれば恐ろしく重層的で複雑な作劇であることが判明し、とうてい<やつし>などという簡単なもので読み解けるような代物でないことが知れるのだ。謎が完璧に解けたとは、その向こうにある『盟三五大切』の真の大きなほんとうの謎の存在が垣間見えたということにほかならぬ。
一点だけ触れておくと、『仮名手本忠臣蔵』の前半が<非モテ忠臣蔵>で、『盟三五大切』も<非モテ忠臣蔵>であるなら、薩摩源五兵衛は不破数右衛門であるとともに高師直でもあって、最後は此方の高師直が彼方の高師直に討ち入りして倒すことによって<世界>の円環が緘ずることとなるのだ。ほかの作者ならこじつけとなるが、南北ならここまで計算してると断言できるのである。
一番肝心な要をしっかりと据え、もう一度、忠臣蔵の取り込み方などを検討してからこの芝居は味わうべきだ。そうして初めて、南北の<世界>の<綯い交ぜ>の真の恐ろしさ、まさしく反対物の合一、それも単にふたつの両極があるのではなく、その極そのものが常に動的に変転して最大限に振幅するそのありように腦髓を掻き廻され宇宙が捩じ切れるが如き眩暈を覚え、宇宙に罅が入る超越的快美感に身体を貫かれることになるのだ。
絶望書店日記 