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『戦前の少年犯罪』
戦前は小学生の人殺しや、少年の親殺し、動機の不可解な異常犯罪が続発していた。
なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!

『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代



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2002/8/15  ハトを盗む

 少年犯罪データにハトを盗むなんてな事件がいくつかありまして、不思議に感ずるお若い方が少なからずいるようです。元の記事にもはっきりとは書かれていないのですが、これはおそらく伝書鳩のことなんでありましょう。
 あたくしも世代的に伝書鳩について詳しく識ってるわけではないのですが、子供の頃に観たドラマなんかにはよく出てきましたので多少のイメージは湧きます。
 伝書鳩とはいまで云うところの携帯電話でありましょうか。それも生き物が運ぶわけですからまさしくポストペットなわけです。さらには軍隊や通信社でもないかぎり実用性は皆無で、レースでほかのハトと競うために飼うわけですから、これはもう完全にポケモンであります。
 ちなみに新聞社が伝書鳩を使っていたのはちょうどこの少年犯罪データの翌年の1965年の1月まででして、わりと最近まで使っていたのだなと驚きますが、考えてみれば文章だけなら電話や電報でも届けることができますが写真はそういうわけにはいかず、また伝書鳩というのは千キロの距離を休みなく時速80キロなんかで飛ぶそうですからファクシミリがまともに実戦に使えるまでは最速のメディアだったのでありましょう。現場から新聞社まで直接飛ぶことを考えれば、開通したばかりの新幹線と結構いい勝負です。

 実用性のまったくなくなった伝書鳩をいまではレースバトと呼ぶとのことで、いまだに数万人の愛好者がいるそうです。やってるのは高齢者がほとんどみたいですが。
 競馬馬とまったく同じ世界でして、血統のいいハトは1羽で数千万円もするのだそうです。ポスペでポケモンでおまけに高価とくれば、昔のお子さんが盗もうとするのも合点がいきます。こちらのページのまんなかへんには子供の頃のおともだちの「ながさわくん」が苦労して高価なハトを手に入れる話がありまして、昔のお子さんのハトへの情熱が窺えます。
 こんなページを求めてウェブをうろうろしていて気づくのは伝書鳩を飼っている方のページが極めて少ないことでして、知り合いが飼ってるとか、レース中に迷ったハトを飼い主に返してあげたとかという話がたくさんあるのと比べても異様なくらいの少なさです。
 ネットというのはあらゆる意味に於いて伝書鳩の正統なる後継者のはずなんですが。ネットをやってる側にはネットを伝書鳩に例えている方が無数にいるのに、伝書鳩を飼ってる方のほうにはそんな意識はさらさらないようで。日本伝書鳩協会のページに数万人の愛好者のうちネットを使いこなしているのは10-20%という推計がありましたが、あたしが見て廻った実感もそんなところです。
 普通の人にとってはもともと実用性などなかったはずなのに、いまでも伝書鳩を飼ってる方はほぼ全員が実用的に使われていた時代を識っている世代であるのと合わせて、なかなか興味深い現象ではあります。情報を伝える必要がなくなったことに意味があったのか無かったのか。いろいろねじれてこんがらがっています。

 えー、絶望書店日記をご愛読の皆様方に於かれましては何を云わんとしているのかすでにして薄々勘づかれているのではないかと存じますが、そうです、情報を伝えるという本来の役割はほかの技術に奪われんとして迷走しているあの古いメディアの話でございます。
 伝書鳩界には2大派閥があるようで、そのひとつの日本鳩レース協会の収支報告を見ると会費やハトの脚につけるナンバーで年間何億円もの収入があって結構よろしく廻っているようです。これのほかに高価なハトの売買市場があるわけでして、愛好者が日本全国すべて合わせてわずか数万人という規模を考えれば大したもんです。
 本の世界もさっさと実用性などとは完全に手を切って、このくらいの市場規模で廻すのが理想的ではないかと考えるのですが。
 しかし、ひとつ気になるのはヒトとの<競争>というのがハト市場の原動力となっていることでありまして、中身の情報や実用性とは関係なくヒトとの<競争>が原動力となっている市場というのはすでに本の世界にもあるわけでして、どうもこういうさもしい方向性しかないのでありましょうか。
 ハトを飼うなんてのはもともと王侯貴族の趣味だそうで、日本でも実用性とは違う意味で最初に飼いはじめたのは船場の旦那衆だったそうで、そういう優雅な、詰まらんコレクション競争に血道を挙げるのではなくすぐに手に入る本を自分だけの豪華な装幀をほどこすなんてな具合の高級な趣味になればいいのですが。ハトのほうはまだしも血統交配だとか訓練育成だとかの段階があって結構近い感じもいたしますが。

 レースには年間160万羽のハトが参加し、そのうちの38%にあたる60万羽が帰巣できずに迷子になるそうです。また、エサ代が莫迦にならないので病気やケガをしたハトはすぐに処分したりするのだそうです。そんな一方で日通の迷い鳩お届けサービス全自動記録システムなんてなのが発達したりして、実用性を失っての進化の袋小路と申しますか、バロック的な進化をいろいろ遂げているようでなかなかおもしろそうな世界ではあります。このハトたちは情報の代わりにやはり何かを伝えて飛び続けているのでありましょうか。
 あたしは情報論なんてのにはあんまりくわしくないので、情報を伝えなくなったあとのメディアがどうなるかなんて研究があるのかどうかよく識らないのですが、書物のゆくすえもこういう方面から考察してみるのもなかなかよろしいんではないかと存じます。
 こちらの方は本が伝書鳩以下ではないかと嘆いておられているのですが、そこで紹介されている例以外も含めると迷子率はいい勝負ではないかと想います。本のほうはいまだに実用品だとか必需品だとか考えるから悲しくなるだけのことでありまして、元来いい加減な物好きの道楽だと考えればなんということはありません。
 バロック的進化はまだまだだと想いますが、意識が変わればおもしろくなることもあるでしょう。情報を伝えなくなってからが本当のメディアの姿だと云えなくもありますまい。