絶望書店日記

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絶望書店主人推薦本
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』

冤罪、殺人、戦争、テロ、大恐慌。
すべての悲劇の原因は、人間の正しい心だった!
我が身を捨て、無実の少年を死刑から救おうとした刑事。
彼の遺した一冊の書から、人間の本質へ迫る迷宮に迷い込む!
執筆八年!『戦前の少年犯罪』著者が挑む、21世紀の道徳感情論!
戦時に起こった史上最悪の少年犯罪<浜松九人連続殺人事件>。
解決した名刑事が戦後に犯す<二俣事件>など冤罪の数々。
事件に挑戦する日本初のプロファイラー。
内務省と司法省の暗躍がいま初めて暴かれる!
世界のすべてと人の心、さらには昭和史の裏面をも抉るミステリ・ノンフィクション!

※宮崎哲弥氏が本書について熱く語っています。こちらでお聴きください。



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2003/2/18  しっぽを廻せ!2

 いろいろ呼びかけてもどうも反応がないなか、しっぽを廻せ!に対してこちらの方にご教示いただいたのはまことにありがたい。とくにあたしは海外のことにはまったく疎いので。
 しかし、リンク先を見るにネズミのシッポの回転は世界的に識られていないということでいいんですかね?ひとつのページだけ読んで判断するのもなんですが、あたしはこの場合「turn」で検索すればいいのか「spin」なのかさえも判らんので、海外ウェブ事情に詳しい方が見つけてきたものを信頼するほかはない。「curling its tail under or against the object」というのはぐるぐる廻すのとはやっぱり違いますよね?なんも判っとらんな、あたくしは。

 このページを読んで想うのはネズミのシッポのバランサーとしての役割はすでに神話と化してしまっているということです。『しっぽを廻せ!』の第一のポイントはネズミが脚を滑らして落っこちることがよくあるということでして、あたしもネズミのシッポのバランス感覚を疑ったことはなかったもので、この記述には驚きました。シッポの回転よりこっちのほうが驚いた。
 もっとも、よく落っこちるというのは『レンズはさぐる』も実験したわけではないのでしょうから、どこまで正しいのかはよく判りませんが。ネコのヒゲはセンサーの役割があって、ヒゲを切ると狭いところを通り抜けられなくなるというのも嘘だという話があるのですが、どうもこれもどっちなのかはっきりしない神話ですな。

 『しっぽを廻せ!』を受けて一行知識掲示板に投稿された方がいたのですが、すでに消えております。それには「ネズミは落下したときシッポのジャイロ効果によって軌道を変える」ときっぱり断言されていて、なるほどなと感心いたしました。
 あたしはあんな細いシッポで空気をかいたくらいで横移動ができるのかいなと疑っていたのですが、考えてみれば空中での躯のバランスもジャイロ効果によって得ているのでしょうから、これはあり得んことではない。しかし、せいぜい10メートル程度の落下で軌道修正するのはよっぽど勢いよく回転させないといけない。となると、ひょっとすると空気抵抗を生み出して落下速度を遅らすこともできるのかも知れぬ。そうなると、想ってた以上にケンケンのシッポに近いな。
 ケンケンは上昇もできましたかな。ホバリングはやってたような気がする。けど、基本は落下速度の抑制ではないかと。

 とにかく、ネズミのシッポの回転が事実であり世界的に識られていないのであれば、すでにそのことを識ってしまったあなたには世界に知識を広める責任があります。ウェブ上の結節点のひとつとして、あなたにはほかに何の為すべきことがありましょう哉?
 ネズミの実験など難しくはないでしょう。動物虐待なんぞと非難されたりしたら、それだけ速く世界中に情報が廻ることになりますし。ほんとは「よく落っこちる」のほうも含めた港での観測映像のほうがあたしとしては観たいですが。
 ウェブ上には科学実験の動画がよくありますが、実験をたまたま撮影しましたというだけでウェブでひとに観せることを前提としてきちんと構成したものは皆無と云っていいですな。実験の内容もよくある既成のものがほとんどですし。
 あっちとこっちを結ぶためにウェブを使っているだけで、ウェブ上に構築するという意識がまったくない。まるで言葉をたんなる道具だと想っている輩と同じだ。海外ではこの点、どうなっているのでありましょうか。
 これからのブロードバンド時代、それも個人が巨大メディアに打ち勝つものとしてはこのあたりがひとつの回答でありましょう。ケンケンのシッポは世界中の人々が識っているでしょうし、そうでなくとも注目を集めることは疑いない。情報流通の実験でもある。
 あらためて指令を伝える。しっぽを廻せ!ぐるぐる廻せ!


2003/2/8  これからがおもしろいのに

 2ちゃんねる研究を初めとして2ちゃんウオッチサイトが立て続けに閉鎖となっているようです。The Battle Watcher ANNEXによると2ちゃんがおもしろくなくなったというのが要因のひとつであるらしい。
 これからいよいよおもしろくなってくるかもと想っているあたしは、世間様とは違うものを視ているのだろうか。

 最近の2ちゃん周辺の動きとしては、夜勤氏がIPを売っていてしかもそのIPからメールアドレスを探られてスパムが送られてくるとかいうよく判らん話を2ちゃんに近いジャーナリストの方がぶち挙げたことにより、またもやひろゆきと切込隊長のケンカになったり、そのジャーナリストの方のお仲間が2ちゃんねるインサイドリポートとかいうのを発表したりしております。
 インサイドリポートのほうはひろゆきによると

    
219:ひろゆき ◆3SHRUNYAXA :03/01/11 06:24 ID:kSb7xo24
おいらの知る限りで、3誌に持ちこんで断られたわけですが、
ガセネタをつかまされる出版社はいなかったということかと。

あ、4誌だ。

 ということのようで、つまり2002/8/20 飛鳥を殺されたのは貴様もか?!で記したマスコミからの攻撃が開始されるというwMwMpfeL氏の予言はこのことだったのですな。
 IPからメールアドレスが判るなんてのは論外として、インサイドリポートのほうも2ちゃんによく書かれていることを纏めただけで新味がないし裏を取ったぞということでもないので、なんの内容もありませんな。ボツったのがこの文章で仄めかされているように2ちゃんとマスコミの力関係によるのか、たんにレベルが低すぎるからなのかさえよく判らない。
 どうせ仕掛けるのならせめて反応から何んらかの情報を読み取れるレベルにはしてもらいたいものです。裏事情に詳しい方たちは相変わらず自分たちは裏事情に詳しいぞということしか仰いませんし。
 まあ、上記の動きはくだらないものですが、wMwMpfeL氏の想いと合わせるとまた違った妙味があります。wMwMpfeL氏が仕掛けたにせよ、そうじゃないにせよ、切ない話であります。あたしも騙された甲斐があったというもの。
 一連の動きとwMwMpfeL氏の発言を絡めた分析がひとつもないのはまことに困ったことです。あたしみたいな者がわざわざ書かなくてはいけなくなってしまう。

 こんな動きの裏で裁判なんかの問題もあって、2ちゃんはいよいよ終わりという見方とまだまだだらだら続くという見方がややこしく交錯しているようで。閉鎖した2ちゃんウオッチサイトは、どっちかというと沈まないと判断したからこそ船から逃げ出しているように見えます。こういうサイトは電波2ちゃんねるなんかがあればもともと必要ないのでしょう。
 これからは新たな形の2ちゃんウオッチサイトと新たな2ちゃん分析が望まれております。いや、あたしが必要としております。
 一番確かな指標である紙屋の需要予測では出版業界はこれからまだまだ落ち込むそうで、一方で2ちゃんはやっとこれからおもしろくなりそうで、メディアの先行きはなかなか明るいとあたしは想っております。

 まことにとーとつですが、あの関西人の心のふるさとパルナスが1年前に消滅していたことを先日初めて識りましていささかショックを受けております。
 パルナス非公式ホームページによると数年前から順調に凋落の道を転がり続けていたようで、それを何年間も見詰め続けていた人々がいたのですな。
 滅びの美しさを克明に記録した文章を読んでいて、識らなかったのはまことに残念なことだと悔やんでおります。もっとも、識ってたとしても実際に潰れるまでは興味をそそられることはなかったような気もしますが。同じものを前にしても何年にも渡る緩慢なる進行中の動きは視える者と視えない者がいるのです。
 そもそも、関西で日曜の朝に虫プロアニメの再放送なんかとともにコマーシャルを見ていた者でないとパルナスなんて云われてもなんのことやら皆目判らんでしょうし。選ばれた者にしか視えないものがある。
 そう云えばあたしも創業者自らが創ったというあのCMは大好きだったのにパルナスのおとぎの国のロシアの甘いお菓子をぐっと噛み締めたことは一度もないような気がする。うーん、メディアとは何ぞ哉?
 3月には加西市でパルナス展が開催されて創業者自らによる手造りのピロシキを出す計画もあるらしい。新幹線に乗って行くべきかどうかいま真剣に悩んでいる。うーん、メディアとはいったい何ぞ哉?

 進行中の動きを視逃すようなことがあってはいかんな。一部のパルナス愛好家やwMwMpfeL氏だけに歴史の立会人を独占させておくにはあまりに美味しすぎます。


2003/1/31  『ダルタニャン色ざんげ』を発見せよ

 デュマが『ダルタニャン物語』の種本にしたガチアン・クウルティルス・ド・サンドラスの『ダルタニャン色ざんげ』(原題・ダルタニャン回想録)が売れたのでぺらぺら捲っていたら、おもしろくておもしろくてやーめられないやめられない。結構長い話を最後まで読み通してしまったよ。
 こりゃデュマのよりも遥かに出来がいいぞ!もっとも、あたしは『モンテ・クリスト伯』は大好きなんだが『ダルタニャン物語』はもひとつ乗り切れなかったクチなので、ファンの方はその点、割り引いて聞いてもらったほうがよいかも知れん。
 あたしが『ダルタニャン物語』をもひとつと想うのは登場人物にどうにも感情移入ができなかったことが大きいんだが、サンドラスのほうはダルタニャンもミレディーも無茶苦茶魅力的で現代的!痛快無比でたまらん!
 構成もうまい!手に汗握り、あっと驚く展開の連続!デュマのほうは新聞連載ということもあっていささかクドく、通して読むとどうよ?とあたしは想うんだが。1700年の『色ざんげ』より1844年のデュマのほうが古臭く感じるし。
 小西茂也の翻訳がまたいい!なんか古めかしい文章で昭和25年の本だからこんなもので読みにくそうだなと最初は想ったのだが、これはわざと擬古典調にやっているのだな。難しい云い廻しを自在に駆使しながらもテンポがよく、飄々ととぼけた味があって、ダルタニャンのキャラと見事に融合している。ひさびさにいい文章を玩味した。
 これだけの代物がデュマが発見するまで150年も埋もれていて、日本でも50年も埋もれているというのはまったく不可解なことではある。
 日本では明らかにエロ本として出しているが、これが埋もれた最大の理由ではないかとあたしは推測する。『チャタレイ夫人の恋人』が猥褻として翻訳者が起訴されたのが同じ昭和25年。『ダルタニャン色ざんげ』が出た2月はまだぎりぎり戦後の出版の自由を謳歌できる時代だったのだろう。エロ本としても『チャタレイ夫人』なんかと違って『色ざんげ』はいま読んでもびんびん来る。
 『ダルタニャン物語』の全訳が出る2年前にこんな本を出しているだけでも、当時の出版というのは大したもんだ。

 昨今の『ダルタニャン物語』ブームで種本のほうも注目は集めているのだが、ウェブ上には実際に読んだ感想がひとつもないのは不思議ではある。そこまでまったく手に入らない本でもないのだが。
 ウェブ上をうろうろしていて感想文の代わりに、この書が出る1年前まで小西茂也家に宿無しの永井荷風が居候をしていて、夜中に小西夫妻の寝室を覗いたために追い出されたという話を見つけた。その直後に訳された『色ざんげ』の内容を考えるとなかなかいい話だ。荷風は口癖のように「女風呂を覗くぐらいでなくちゃあ、いい小説は書けないよ」と云ってたとか。
 サンドラスなんかは生存中の人物を小説の中で攻撃したり風刺したりしたために何度も監獄にぶち込まれてる。この書も関係者がまだ生きているであろう時代を考えるとなかなか際どい内容で、オランダの出版社から出されている。
 登場人物と同じく肝が据わっていると云うか覚悟がいいと云うか、そうまでして書かねばならない抑え切れぬ衝動があるんでしょう。表現の自由がどうとか匿名性を守れとか云ってる輩、とくに小説家は見習ったらどんなもんでありましょうか。
 デュマのも家族みんなで愉しめる新聞連載で、『色ざんげ』のほうをあたしが評価するのもその点があるのかも知れぬ。新しさを感じる由縁ではあるのだろう。
 
 
「ダルタニャン色ざんげ」再入荷しました。


2003/1/28  ツタンカーメン王のマメ 2

 なんか絶望書店主人がもの凄い物識りだと想ってその駄文を鵜呑みにしている諸氏というのがいるみたいで困ったもんではある。あたしは出鱈目な想い付きを適当に書き散らしているだけで、むしろ自分でもあやふやなことこそを書いて誰かが正解を教えてくれることを期待する甘えた姿勢でいたりする。
 ウェブ上で分散型に情報発信するとはそもそもこういうことでこれこそ正しい姿勢だと考えているのだが、あんまり有益な反応が返ってきたことはない。2ちゃんのように中央集権的なシステムで発言するほうが結局は的確な反応があるのならウェブとはいったいなんなのかという小難しい話はともかくとして、あたしの2001/5/29 ツタンカーメン王のマメを受けてGen-yu’s Filesという植物が守備範囲の方がこちらのページで考察を深めようとされているのはまことにありがたいことだ。

 これを読むとあたしがいかに海外のウェブ事情に疎いか、またこの2年ほどの間にもウェブはいろいろ充実してきていることがよく判る。
 うーん、大賀ハスも怪しい話なのか。何も信用できぬ世の中ではあるな。舟が古くて中に入っていた種が新しいとはどういうことかと想って調べてみたら、どうも中に入っていたのではなく近くで発見された舟で年代を測定したということらしいので、これはやっぱり充分怪しい。
 大賀一郎博士は1200年前の別の遺跡の土器から出たハスの種を譲り受けて前年に発芽まで成功したが枯らしてしまったことにショックを受け、検見川遺跡でハスの種発見に執念を燃やして成功したというのだが、このエピソードもなんか引っかかるものがあるな。
 そもそも、土器の中なら判るのだが地中にそのまま埋まっていた種が何千年か何百年か発芽せず、あとから発芽に成功するというのがよく判らんのだが、これは植物学の知識があれば判ることなのであろうか。
 日本のウェブ上を見渡すと大賀ハスも疑っている者はひとりも無しか。まったく、ウェブとは何ぞ哉?学校やマスメディアは自分の頭で考えないのが商売なのだからあたりまえなんだが。
 もっとも、ファミリー劇場で再放送がはじまった『ウルトラQ』を観てたらあの一の谷博士でさえ疑わずに信じていたみたいではある。
 この大賀ハスの話は金城哲夫なんかにかなり決定的な影響を及ぼしているようにあたしには想える。もし、大賀ハスが開花していなかったら、宇宙や未来からの挑戦とともに重要な軸である古代からの挑戦の話がウルトラシリーズから消えていた可能性もあるのではないか。そうであるなら、人間同士の戦争の延長線上にしか過ぎないかなりありきたりの貧弱な世界観になっていたのではあるまいか。
 古代の種を発芽させてみようなんてことを考えただけでも大賀一郎博士は日本のヲタク文化に多大の貢献をしている。こんなことを誰でも想い付くもんなんですかね。
 なお、小学館のニッポニカ百科事典の「検見川遺跡」の項には「(大賀ハスと舟が)同時代のものであるか否か疑問をもつ者が多い」という記述がある。

 さて、ツタンカーメン王のエンドウ豆についてあたしのほうからも補足しておきたい。ニコラス・リーヴス『図説黄金のツタンカーメン』という本に以下の記述がある。
「王墓出土の豆類には、ヒヨコ豆(Cicer arietinum)やレンズ豆(Lens culinaris = Lensesculenta)と、偶然にまかれたエンドウ豆(pisum sp.)などがある。」347P。
 リーヴスは元大英博物館の古代エジプト部門学芸員だった人で、この本にはいわゆる<ツタンカーメン王のエンドウ豆>についての記述はない(エンドウマメについて嘘を付く動機がない)ので、やはりエンドウ豆自体は出ていると考えるべきであろう。
 前回「吉村作治はそもそもツタンカーメンの墓からエンドウ豆なんて出ていないとかいう話も云ってたような気もしますが、どうにも自信がありません」と書いたのは己の記憶力を信用してないこともあるが、裏を取るためにこの本を読んでさすがにこんなことは云わないだろうから自分の勘違いだと想っていたのだが、やっぱ云ってたか。
 リーヴスは早稲田大学古代エジプト調査室と協同研究を行っており、訳者はモロその一員で吉村作治への謝辞もあるのだが、読んでないのかね。どうも、吉村作治のツタンカーメン王のエンドウ豆についての発言はあたしは信用できぬ。
 この本によるとエンドウ豆はカーター分類番号277の穀物倉庫の模型などに入っていたようだが、リンク先のカーターカードのデータベースではまだ登録されていないので確認しようがない。
 なお、前回この件についてウェブ上を巡ったときにエジプトだったかの博物館に展示されているツタンカーメンの墓から出たエンドウ豆の写真と称するものを掲げている日本人のページがあったのだが、今回見失ってしまった。たしかに古くて丸いものが陳列されている画像が写っていたのだが、あれは<ツタンカーメン王のエンドウ豆>を育てている人のページだったのでプロパガンダなのやも知れぬ。ちなみにリーヴスの本には「王墓出土の植物遺存体の大部分は、現在、ドッキにある農業博物館にある」と記述されてはいる。
 リーヴスの本はツタンカーメンの遺物についてはそうとう細かく網羅的で少なくとも数ある翻訳書のなかでは飛び抜けて充実しているのだが、残念ながら書店では見かけないようである。

 今回改めてウェブ上を巡っていて、『世界ふしぎ発見!』のスタッフの発言を見つけた。
 <ツタンカーメン王のエンドウ豆>についての日本のウェブ上ではほとんど唯一のまともな発言で、一応物事を考えている人が番組を創っているのだなとほっとする。こんなあたりまえの発言でほっとするというのはあたしが日頃観ている処があまりに偏ってるということだな。はたまた・・・・・。

 
 
   


2003/1/25  合い言葉は<時代化>

 <時代化>というのはあたしは初めて聞いたのだが、なかなか霊妙なる言葉ではある。
 あらゆる事象と無理なく結びついてあらゆる事象を完璧に云い表し、それでいて何ひとつ解き明かさない。言葉を決して捕まえられず、反対に言葉によって追いつかれず、言葉の距離とスピードを顕しながら<時代化>というくらいだから時代とともに変転し時間軸をも寸分違わず的確に指し示す。
 今年の絶望書店は<時代化>でゆくことにする。これでまた諸君とは1歩も2歩も差が開いたわけだ。絶望書店がなんぴとの追随たりとも赦さない由縁である。

 あらゆる事象と無理なく結びつくとは云っても『子供服の時代化』というのはあまりに見事だ。しかも、硬い論文ではなくあんなにお洒落で可愛いらしい絵が満載の本なのだからつくづく見事だ。
 最初眸にしたとき一瞬判らなかった。判ったと想ったらまた判らなくなった。螺旋状にいくらでも逃げてゆき、また手を延ばせば届くかの如くに振り返り振り返り妖しく我れを誘う。
 ことさらコウモリ傘&ミシンなんぞとしゃらくさいことを云わずとも、言葉というのはもともとこういうもんでなけりゃいかん。
 眞に胡乱なる言葉を捜し求める旅で見つけて来て早速見せびらかせてやろうと想っていたのに、帰還してみると3年間ともに闘ってきたスキャナーがぴくりとも反応せぬ。いまどきのスキャナーは数千円とは云っても貧乏性のあたしにはどうしても手が出せぬため愛機をバシバシ叩いたり、ドライバを入れ替えてバシバシ叩いたり、分解してバシバシ叩いたり、いろいろなことをやっておったら4日目にしてかろうじて眼を覚ますようになって、ようやくアップすることができた。
 電気仕掛けのからくりは叩くに限る。これぞ時代化。しょせんは電気信号が流れるか流れないかに過ぎぬ。言葉とは違う、ただ通じればいい御粗末なる仕掛けに過ぎぬ。

 苦労してアップしてみれば数十分ですべて売り切れてしまった。あれだけの値付けの本を躊躇無く求める方々が幾人もいるのはいささか参ったが、これも時代化か。
 70年代のファッションが流行っているのは諸氏も以前から識っているだろうが、戦前の服を自ら創って身に着けている方々というのがいるのだよ。当店の画像を見れば判るが、なんとお洒落な淑女たちであることか!これぞ時代化!
 つまらないデザインが蔓延っている現代ではファッションは比較的マシなほうだとは想うのだが、それでも戦前のファッションが街中にあふれてくれるのであれば世の中なんと素敵になることか!切にしかあらんことを希うばかりである。
 諸君!<時代化>だよ。



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