絶望書店日記

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絶望書店主人推薦本
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』

冤罪、殺人、戦争、テロ、大恐慌。
すべての悲劇の原因は、人間の正しい心だった!
我が身を捨て、無実の少年を死刑から救おうとした刑事。
彼の遺した一冊の書から、人間の本質へ迫る迷宮に迷い込む!
執筆八年!『戦前の少年犯罪』著者が挑む、21世紀の道徳感情論!
戦時に起こった史上最悪の少年犯罪<浜松九人連続殺人事件>。
解決した名刑事が戦後に犯す<二俣事件>など冤罪の数々。
事件に挑戦する日本初のプロファイラー。
内務省と司法省の暗躍がいま初めて暴かれる!
世界のすべてと人の心、さらには昭和史の裏面をも抉るミステリ・ノンフィクション!

※宮崎哲弥氏が本書について熱く語っています。こちらでお聴きください。



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2003/1/28  ツタンカーメン王のマメ 2

 なんか絶望書店主人がもの凄い物識りだと想ってその駄文を鵜呑みにしている諸氏というのがいるみたいで困ったもんではある。あたしは出鱈目な想い付きを適当に書き散らしているだけで、むしろ自分でもあやふやなことこそを書いて誰かが正解を教えてくれることを期待する甘えた姿勢でいたりする。
 ウェブ上で分散型に情報発信するとはそもそもこういうことでこれこそ正しい姿勢だと考えているのだが、あんまり有益な反応が返ってきたことはない。2ちゃんのように中央集権的なシステムで発言するほうが結局は的確な反応があるのならウェブとはいったいなんなのかという小難しい話はともかくとして、あたしの2001/5/29 ツタンカーメン王のマメを受けてGen-yu’s Filesという植物が守備範囲の方がこちらのページで考察を深めようとされているのはまことにありがたいことだ。

 これを読むとあたしがいかに海外のウェブ事情に疎いか、またこの2年ほどの間にもウェブはいろいろ充実してきていることがよく判る。
 うーん、大賀ハスも怪しい話なのか。何も信用できぬ世の中ではあるな。舟が古くて中に入っていた種が新しいとはどういうことかと想って調べてみたら、どうも中に入っていたのではなく近くで発見された舟で年代を測定したということらしいので、これはやっぱり充分怪しい。
 大賀一郎博士は1200年前の別の遺跡の土器から出たハスの種を譲り受けて前年に発芽まで成功したが枯らしてしまったことにショックを受け、検見川遺跡でハスの種発見に執念を燃やして成功したというのだが、このエピソードもなんか引っかかるものがあるな。
 そもそも、土器の中なら判るのだが地中にそのまま埋まっていた種が何千年か何百年か発芽せず、あとから発芽に成功するというのがよく判らんのだが、これは植物学の知識があれば判ることなのであろうか。
 日本のウェブ上を見渡すと大賀ハスも疑っている者はひとりも無しか。まったく、ウェブとは何ぞ哉?学校やマスメディアは自分の頭で考えないのが商売なのだからあたりまえなんだが。
 もっとも、ファミリー劇場で再放送がはじまった『ウルトラQ』を観てたらあの一の谷博士でさえ疑わずに信じていたみたいではある。
 この大賀ハスの話は金城哲夫なんかにかなり決定的な影響を及ぼしているようにあたしには想える。もし、大賀ハスが開花していなかったら、宇宙や未来からの挑戦とともに重要な軸である古代からの挑戦の話がウルトラシリーズから消えていた可能性もあるのではないか。そうであるなら、人間同士の戦争の延長線上にしか過ぎないかなりありきたりの貧弱な世界観になっていたのではあるまいか。
 古代の種を発芽させてみようなんてことを考えただけでも大賀一郎博士は日本のヲタク文化に多大の貢献をしている。こんなことを誰でも想い付くもんなんですかね。
 なお、小学館のニッポニカ百科事典の「検見川遺跡」の項には「(大賀ハスと舟が)同時代のものであるか否か疑問をもつ者が多い」という記述がある。

 さて、ツタンカーメン王のエンドウ豆についてあたしのほうからも補足しておきたい。ニコラス・リーヴス『図説黄金のツタンカーメン』という本に以下の記述がある。
「王墓出土の豆類には、ヒヨコ豆(Cicer arietinum)やレンズ豆(Lens culinaris = Lensesculenta)と、偶然にまかれたエンドウ豆(pisum sp.)などがある。」347P。
 リーヴスは元大英博物館の古代エジプト部門学芸員だった人で、この本にはいわゆる<ツタンカーメン王のエンドウ豆>についての記述はない(エンドウマメについて嘘を付く動機がない)ので、やはりエンドウ豆自体は出ていると考えるべきであろう。
 前回「吉村作治はそもそもツタンカーメンの墓からエンドウ豆なんて出ていないとかいう話も云ってたような気もしますが、どうにも自信がありません」と書いたのは己の記憶力を信用してないこともあるが、裏を取るためにこの本を読んでさすがにこんなことは云わないだろうから自分の勘違いだと想っていたのだが、やっぱ云ってたか。
 リーヴスは早稲田大学古代エジプト調査室と協同研究を行っており、訳者はモロその一員で吉村作治への謝辞もあるのだが、読んでないのかね。どうも、吉村作治のツタンカーメン王のエンドウ豆についての発言はあたしは信用できぬ。
 この本によるとエンドウ豆はカーター分類番号277の穀物倉庫の模型などに入っていたようだが、リンク先のカーターカードのデータベースではまだ登録されていないので確認しようがない。
 なお、前回この件についてウェブ上を巡ったときにエジプトだったかの博物館に展示されているツタンカーメンの墓から出たエンドウ豆の写真と称するものを掲げている日本人のページがあったのだが、今回見失ってしまった。たしかに古くて丸いものが陳列されている画像が写っていたのだが、あれは<ツタンカーメン王のエンドウ豆>を育てている人のページだったのでプロパガンダなのやも知れぬ。ちなみにリーヴスの本には「王墓出土の植物遺存体の大部分は、現在、ドッキにある農業博物館にある」と記述されてはいる。
 リーヴスの本はツタンカーメンの遺物についてはそうとう細かく網羅的で少なくとも数ある翻訳書のなかでは飛び抜けて充実しているのだが、残念ながら書店では見かけないようである。

 今回改めてウェブ上を巡っていて、『世界ふしぎ発見!』のスタッフの発言を見つけた。
 <ツタンカーメン王のエンドウ豆>についての日本のウェブ上ではほとんど唯一のまともな発言で、一応物事を考えている人が番組を創っているのだなとほっとする。こんなあたりまえの発言でほっとするというのはあたしが日頃観ている処があまりに偏ってるということだな。はたまた・・・・・。