絶望書店日記

メールアドレス
zetu●zetubou.com
●を@にして送信してください

絶望書店日記を検索


絶望書店主人推薦本
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』

冤罪、殺人、戦争、テロ、大恐慌。
すべての悲劇の原因は、人間の正しい心だった!
我が身を捨て、無実の少年を死刑から救おうとした刑事。
彼の遺した一冊の書から、人間の本質へ迫る迷宮に迷い込む!
執筆八年!『戦前の少年犯罪』著者が挑む、21世紀の道徳感情論!
戦時に起こった史上最悪の少年犯罪<浜松九人連続殺人事件>。
解決した名刑事が戦後に犯す<二俣事件>など冤罪の数々。
事件に挑戦する日本初のプロファイラー。
内務省と司法省の暗躍がいま初めて暴かれる!
世界のすべてと人の心、さらには昭和史の裏面をも抉るミステリ・ノンフィクション!

※宮崎哲弥氏が本書について熱く語っています。こちらでお聴きください。



フィード
 rss2.0




過去


最近記事


カテゴリー


























2002/2/7  十二人の怒れる男の恐怖

 このあいだBSで『十二人の怒れる男』をやっておりまして、久しぶりに観ました。
 なんかこの話がおかしいという人々がいるみたいでして、あたくしも高校生の頃にテレビで観たときおかしいと想いましたけど、けどけどこの映画は陪審員制というか民主主義のおかしさ怖さを描いたもんなんでしょ?違うんスか?!!

 現に起こっている殺人事件に対する善良な市民の目撃証言を机上の空論だけで次々と否定していくヘンリー・フォンダは終始悪魔的な表情を浮かべておりますし、とくに最後まで頑張っていた男が意見を翻すのはなんの理窟もなくただほかの十一人の数の圧力に屈しただけなんですから。
 この最後の男に関してはいくらでももっともらしい理窟をくっつけることが可能なのに、あえてやってないのは、創り手側が「ひとりの煽動者によって民衆の意見なんていくらでも操作できるんですよ。有罪か無罪かなんてこんないい加減なもんなんです。民主主義なんてじつに怖いもんですね。数の力で正義なんてどうとでもなるんです」て訴えてるわけでしょ?違うんスか?!!
 いや、これはガス人間の文章みたいなひねった視点ではなく、正統的な観方だと想ってたんですが。
 あたしは映画や演劇の評論なんて一切読まないんですが、米国なんかではどんなような観られ方をしているのか、ご存じの方はご教示ください。なんか、ちと不安になってきた。

 恐るべきデマゴーグであるヘンリー・フォンダが正義の人で、『十二人の怒れる男』が民主主義の正しさを描いた映画だと受けとめられているとするなら、身震いするほど怖いです。今頃こんなことを云ってるのは、あたしがなんかずれておりますか。
 もちろんこれは裁判の話ですから通常の議論とは違ってちょっとでも疑いが差し挿めるのなら無罪でいいのですが、しかしそれにしたってあまりに無茶苦茶な論理で、証人の眼が悪い「可能性がある」(しかも、若く観られたいとか目立ちたいとかいう理由だけで偽証という重罪を犯している「可能性がある」!)ということで疑えるのなら証拠なんてすべてひっくり返すことができますし、「遠視かもしれない」「そんな創り話を信じろというのか」というじつにまっとうな反論は「サディストの偏見」としてヘンリー・フォンダにことごとく封殺されてしまう。
 この映画自体がヘンリー・フォンダで、観客は陪審員というメタの図式があるわけですが、恐るべきデマゴーグの人心操作のトリックは最後の男にあるとあたしは視ます。
 この男は自分の息子への憎しみのためから有罪(死刑)に固執するわけですが、無罪に転じるに当たって理窟がないだけではなくドラマもない。事件の読み解きや議論によって息子への憎悪が溶けるという展開があるわけではなく、ただ数の圧力によって自らの偏見を悔いるということになっている。
 ここで容疑者が殺人を犯したかどうかということと、この男の偏見というまったく関係のない事象が意図的に混淆される。劇中でヘンリー・フォンダも使っている手口だ!ヘンリー・フォンダのほうはもっと悪質で、自分と違う意見は「偏見」と決めつけているわけですが。いや、創り手はさらに上手で「自分」ではなく「ヘンリー・フォンダ」と違う意見は「偏見」と決めつけているわけですが。
 作劇としてもおかしな具合で、憎んでいるはずの息子の写真を大事に持っていて、赦したときにその写真を引き裂いて捨ててしまうというちぐはぐな話になっている。
 これはまあ、子離れできない親が代償行為としてほかの子供を死刑にしようするんであって、最後は逆に容疑者ではなく息子の写真を捨てることによって子離れすると読み解くこともできるのですが、そんな複雑に交叉した図式を当てはめるには肝心の逆転時にさえドラマがない掘り下げ不足の展開ではやはり無理があって、息子と容疑者に対する憎悪と赦しは単純に連動しているべきなんですが。実際、ほとんどの観客は連動させて観ているはずで、写真を破るという劇的な幕切れになんとなく誤魔化されているだけです。

 これだけ出鱈目な話が論理的な話であるという印象さえ抱かせながら観客の胸を打つのはヘンリー・フォンダの説得術と同じくテクニックとしては最上で映画としては大成功、あたくしとしても傑作として認むるに異論はないわけですが、人々がそのまま「正義」として受け取っているとするならば。
 自分たちと違った国の考え方を「サディストの偏見」であると、アメリカ人はディベート・テクニックではなく本気で信じ込んでいるようで、そんな米国の独善性を非難する人々もこの映画は「正義」として受け取っているとするならば。
 いや、人々がこんな簡単に操られるわけではなく、たんなるあたしの想い過ごしならそれでいいのですが。なんか、ちと不安。論理的な映画だと考えてる人はほんとにいるようで、そういう方に限って論理的思考の大切さを説いてたりして、あたしにはとても信じられんのですが。

 文明の衝突がどうしたとか、あるいは掲示板文化がどうとかいう以前に、こういう基本的なことをはっきりしておいてもらわんと、どうにも落ち着かんな。
 英語に弱いせいか、タイトルの意味がもひとつよく判らんということもあるし。こういう怖さを顕した題名と考えるのはさすがに深読みか。聖書か何かの言葉でしたっけ?イエスが逮捕されて理性を失った十二使徒のことだったような気がするけど、違ったかな?

 
 
  


2002/1/30  海外ヲタクサイトウォッチング

 海外ヲタクサイトウォッチングには結構気合いの入っている処がいろいろありまして、例えばmoonlight fantasiaなんかはあたしもよく観てます。
 相手に許可を取ってるのかどうかよく識りませんが、米国の変わった名前の女ヲタクサイト厚かましい女の翻訳とか面白い。
 しかし、この手の翻訳を読んでもよく判らんところも結構あります。翻訳の問題もあるでしょうが、こちらが背景を理解してないこともあるようです。「ヲタク」「欧米」という、あたしにもそれなりに基礎知識のあるはずの分野でさえこんな具合で、いろんな視点からの解説が欲しいところです。
 あまりに智識のある方は却ってどこまでの解説が必要なのか判らないこともあるので、掲示板での多人数による議論がもっとも適したやり方だと想っています。

 あたしがこの手のサイトを識るための情報源として一番頼りにしているのは2ちゃんねるの欧米での日本アニメ事情だったりしますが、なんせ掲示板ですので、一覧性がないのは辛い。
 スレッド内で有用なレスが上位に昇るようにし、また別に情報だけをまとめたディレクトリが欲しいところです。
 それではこのアニメ事情スレッドが上記の議論の場として機能しているかと云えば、どんどん話題は流れていきますのでひとつひとつの掘り下げは浅くならざるを得ない。2ちゃん特有のくだらないケンカだけは継続して起こりますが。煽り煽られは2ちゃんの華とは云え、役立つ情報源として活用している者にはつらいもんがあります。掲示板と情報ページの悪いとこだけ合わせたような状態になってます。
 もっとも、2ちゃんとはあくまで煽り煽られを含めた流れを愉しむところで、有用な情報や議論の場として存在しているわけではありません。究極の卷物的あり方が人を惹きつけている祕鑰であります。これに頼るほうが筋違いではあります。
 時にはアパッチ野球軍の如くに情報と議論が連鎖的に深まってゆく奇蹟的なスレもたまに顕れるので、なかなかあなどれんのですが。
 そんな卷物と冊子形式のいいところだけを合わせたのが国際個人通信社のシステムだと云いたいわけですが、こればっかりはやってみないと判りませんな。100件と1万件では次元が変わってくるでしょうし。

 とりあえず、ひとつひとつはレベルの高い日本の海外ヲタクサイトウォッチングサイトを網羅的にまとめてくれるリンク集さえないというのは困ったことです。2ちゃんしか頼るものがないというのもいささかどうも。


2002/1/13  国際個人通信社

 もろもろの情勢も落ち着いてきたようなので、ここで 9/29 誰かがサボってるで述べたことをもう一度まとめておきたい。あたしはひつこいよ。

 日本にもアメリカにも個人ニュースサイトが無数にあるがあんまり意義はない。まあ、ひとつあればよい。
 問題なのはソースが既成のメディアであることと、ひとつの言語圏内に留まっていることである。
 日本には個人サイトを巡って話題を拾ってくるウォッチサイトというのがあるけど、主に国内のサイトばかりを対象としていて、上記の個人ニュースサイトと同じく時間の節約にはなるが、まあそれだけのもんだ。自分で必要とするニュースやサイトに辿りつこうと想えばできる。
 これが国境を越えただけのことでまったく次元が変わってくる。外国語に堪能な諸氏にはよく判らんのかもしれんが、あたしは英語の場合じっくりと最後まで読み込まないと内容が把握できず、膨大な数のサイトから目的のものを探し出すのは事実上不可能なんである。英語以外はまったくのお手上げだ。
 海外の個人サイトや掲示板を巡って分類見出し付けして、翻訳なんかもやってしまえ!なによりも、このあたしが必要としているんだ!!

 現在とりあえず必要とされるジャンルは、テロ戦争関係、ヲタク関係、W杯に向けたサッカー関係の三つであると考える。
 例えば、アラブの普通の学生のサイトを網羅的に継続観測していれば、サウジやエジプトでの政変の危険度がどの程度のものであるかを現地で探るより遥かに的確に読み取れるはずである。
 W杯に向けてベルギーやロシアやチュニジアの普通の連中がどんな具合に日本チームを観てるか直接識りたかないか?べつに対日本じゃなくポルトガルやポーランド、はたまたオランダの個人サイトでもいいけど。
 間に日本の腑抜けたマスコミが入るとどこまでほんとか判らなくなるが、個人サイトの網羅的ウォッチならまずこれ以上はない肉薄した情報と云えるであろう。数人と直接メールでやり取りしたりするより却って正確だと想われる。
 あたしの識る限り現在こんなようなことがまとまった数で為されているのは海外ヲタクサイトウォッチだけだが、これもウェブ上に分散しておりなかなか不便だ。一箇所にまとめるだけでどれほどのアクセスを集めることができ、さらに雪だるま式に情報も集まることか。
 この手の国際個人通信社サイトを立ち上げればとりあえず広告収入だけで2,3人は喰える。観測レポートなんかを作成して企業にでも売ればもっときちんとしたビジネスになるであろうが、ただの分類見出し付けならウェブページをちょっと読める程度の語学力さえあれば誰でもできる。なにより資本がゼロでいい。
 資本力なしでヤフーや巨大メディアを越える可能性があるのは、この<言語横断ヤフー>あるいは<World Wide Weblog>しかないであろう。日本語に持ってくるだけではなく、日本の個人サイトを英語で分類見出し付けしたり、あるいはアラブの個人サイトを英語にしたりする展開もありうる。

 具体的なサイトのシステムとしては、まずテロ戦争関係、ヲタク関係、サッカー関係の三つの<板>があり、それぞれの<板>には国別や話題別の<スレッド>がある。<スレッド>は主催者だけが立てることができる。<スレッド>は書き込みの数で上下する。下げは主催者だけができる。
 各<スレッド>に主催者だけでなくユーザーも勝手に海外個人サイトのリンクと見出しを貼り附ける。その個々の見出しには1ch.tvの一言レスやスラッシュドットのようにほかのユーザーがコメントをつけられる。そのコメントの数で、見出しが<スレッド>内を上下する。
 この三層のフロートスレッド掲示板形式とは別にヤフーのようなディレクトリが用意されていて、掲示板に書き込まれたスレッド分類に従ってリンクと見出しは自動的にディレクトリに追加される。ユーザーは好みの形式のほうを見ればよい。
 主催者はとりあえず一日100件をリンク見出し付けして1ヶ月で3000件になった段階でサイト公開、3ヶ月で1万件になった段階からは廻り始めるのでないかと考える。そうなったらユーザーたちの個々のコメントにしたがって削除したり見出しを付け替えたりの管理業務に専念できるようになり、主催者の読めない多言語にも対応できるようになるのではと予測する。
 そうなると仮に大資本が後追いで参入するようなことがあっても追いつけない。<通信社>としてのブランドは確立する。
 W杯が終わる頃には狂牛病感染者が世界中で出てきたりと、いくらでもあたらしい波は途切れることなくやってくることだろう。

 翻訳はコストと著作権の問題から、よその翻訳サイトを通して表示することになる。その場合、翻訳サイトからバックマージンを取れば安定した収入になる。
 とくに重要だと想われるページは相手に許可を取ってボランティアの翻訳部隊を結成してやってもらえばいいが、もっとうまいやり方もある。
 各見出しへのコメントはその話題を話すためのものではなく、リンク先のページをどう読み解くかを議論する場であり、コメントが充実すればそれ自体オープンソース的な多人数による翻訳作業と云える。言葉の問題だけではなく、情報のバイアスを取り除くためのオープンソース的な「バグ取り」作業でもある。既成のマスコミ報道より遥かに情報の確度が高くなり、同時に著作権問題も回避できるのではと考える。
 なお、リンク見出し付けするのはサイトそのものではなく、例えば日記の特定の日附の特定の話題、あるいは掲示板の特定の発言といった細かい対象である。

 貧国でも大学生は概ねネット環境にあるし、言論統制のある国でも継続的に見出し付けをしていくと「変化」は浮き彫りになる。とくに途上国に関しては大学生の動きだけに注目すれば、政治だけでなくほとんどの事象の流れは見えるのではないかと考える。
 いまあるような個人ニュースサイトと比べていかに意義のあるメディアであるかが判るであろう。
 日本のマスコミは海外メディアを翻訳しているだけのことで何万人もが高給をはんでおって、取材する場合も手近な数人の意見を適当にまとめているだけのことで、おまけにその間抜けさから妙な情報操作までやらかす始末だが、それと比べても遥かに役立つ日本唯一の眞の通信社の出現となる。眞の能力ある<解説委員>も出てくるのではないかと夢想する。
 チューリングテストの判定にはなによりデータの物量がものを云う。数多くのデータが集まり、さらにはそれを網羅的に読み解くために日本語に翻訳されていることが肝心だ。
 必要なのは少しの外国語能力とスピードだけで、コストはまったくのゼロ。資本など不要。まあ、つまり若さだけで充分かと。学生さんなり失業者なり時間をもてあましてる諸氏はいくらでもいるんだろうからやってみろ。ほかにもっと凄い発想や技量があるなら別だが。
 とにかく、あたしが必要としているんだから、誰かやれ。早いもん勝ちだ。


2002/1/8  ある騒動の記録

 えーと、やっぱりリンクを張っておきます。ある騒動の記録
 これぞオープンソース運動のひとつの成果でありましょう。

 2ちゃんねる閉鎖騒動の時にUNIX板の住民が力を合わせてやった転送データの圧縮というのは技術的には大したことないらしいんですが、オープンソース運動とは完成したプログラムではなくこういうイベント性のほうが重要だったりします。
 むしろ、このFlashみたいな作品のほうがプログラミングより大事なのです。こうやって盛り上げれば、また力が結集して、またいいプログラムが生まれることもあるというもんですし。

 あたしは2ちゃんには一度も書き込みしたことはなく住民とは云えないのですが、観ていて涙があふれてきました。部外者をも感動させて巻き込んでこそオープンソース運動というもんでしょう。
 あまりにもひつこいようながら何度でも云いますが、つまりはメディアなのです。


2002/1/6  識らなかった

 元旦に「<マーカライト・ファープ>は邪道」なんてなことを書いた直後に、12/7に小松崎茂氏が亡くなっていたことを識りました。
 いくら世間一般とは隔絶した日々を送っているとはいえ、さすがにこれはどうかしてるな。

 亡くなる前日の『地球防衛軍』から始めて、識らないままに何故か小松崎メカやキャラを大量に一挙まとめて観ていたことになります。識ってしまってから考えると、いやに客が少なかったな。
 丸まっちい派といたしましては、パラボラのほかに宇宙ステーションの優美さが心に残ります。

 あたしはたんなる小松崎茂ファンという以上の想いがいろいろございまして、とても言葉にできません。
 ただ、残念です。



« 次のページ  前のページ »