絶望書店日記

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絶望書店主人推薦本
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』
『冤罪と人類 道徳感情はなぜ人を誤らせるのか』

冤罪、殺人、戦争、テロ、大恐慌。
すべての悲劇の原因は、人間の正しい心だった!
我が身を捨て、無実の少年を死刑から救おうとした刑事。
彼の遺した一冊の書から、人間の本質へ迫る迷宮に迷い込む!
執筆八年!『戦前の少年犯罪』著者が挑む、21世紀の道徳感情論!
戦時に起こった史上最悪の少年犯罪<浜松九人連続殺人事件>。
解決した名刑事が戦後に犯す<二俣事件>など冤罪の数々。
事件に挑戦する日本初のプロファイラー。
内務省と司法省の暗躍がいま初めて暴かれる!
世界のすべてと人の心、さらには昭和史の裏面をも抉るミステリ・ノンフィクション!

※宮崎哲弥氏が本書について熱く語っています。こちらでお聴きください。



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2001/9/20  絶望書店は一冊の本

 なんかこちらの方に妙な期待を持たれているようなんですが、新しい戦争についてはほかのページにすでに書きましたので、そちらをご覧ください。
 この日記は絶望書店のメインでもなんでもなく、編集後記ですらありません。洞窟に映った輪廓模糊たる影法師とでも申せましょうか。
 この絶望書店が一冊の本として眸の前に屹立していない方、すべての棚、すべてのページを幾度も幾度も読み返えさずにはいられない方には、絶望書店日記に書いていることもご理解いただけないかと存じます。あくまでも絶望者に向けた文章ですので。

 新しい戦争については肝心の挿絵がないのは欠陥であると想われるやも知れませんが、絶望書店のやっているのは<編集>と<見出し付け>ですので、<本文>は必ずしもこの場になくともよいのです。己の手になる探求の大切さは何度も繰り返して説いているところであります。
 もっとも、あたしくの行った図書館は会費を払わないとコピーが取れなかったというのが真相なんですが。みんな貧乏が悪いんや。お母ちゃんの買うてきたチューリップのアップリケのついたスカートのほうがええんや。
 そのうち、どっかで調達してきます。絶望書店は日々変転す一冊の本であります。


2001/9/3  名前の力

 ひさしぶりに日本のロケットが飛んだそうで、世界各国のロケット性能比較なんてことをあちこちでやっておりました。そんな一覧表を観るに、もっとも重要な機能である名前がない時点で最初からなんの勝負にもなっていないことが判ります。
 ロケットの名称については宇宙科学研究所のこのページがまとまっていて便利ですが、「ペンシルロケット」や「ベビーロケット」なんてのも<名前>とはとても云えないでしょうから、日本の歴代のロケットはすべて記号で呼ばれてきたことになります。そんななかでも「H-IIA」は検索はしずらいわ機種依存文字まで入っているわで、インターネットもパソコンも使ったことのない人々が開発をやっているのではないかしらんと疑ってしまいます。今の世の中、検索できないのは存在しないのとおんなじですから。
 そんな利便性の問題だけではなく、名前というものの絶大な力が判っていない。日本のロケットの慘憺たる失敗の歴史は、名前が無いせいだとあたくしは本気で考えております。名前には確固とした推力が備わっているのですから。コストを考え併せても最重要の機能なのです。

 いまだになんで名前をつけないのだろうかと調べてみたら、二年前に名前募集なんてことをしていたことを識りました。ところがこの宇宙開発事業団のサイトには結果がなんにもない。どうなったんだろといろいろ巡ってようやくこちらの日記に辿り着くと、なるほどそういうことだったようです。
 この部分を読む限り、名前の重要性は重々承知していて、そんな重いものを搭載するほどの段階にはとても至っていないと云っているように受け取れます。ひょっとするとまったく反対に<愛称>なんてお遊びをやっているような状況ではないと云っているのかも知れませんが、いずれにせよ困ったことではあります。
 付けた名前の善し悪しは多分に心理的影響力の問題(これはもちろん重要。それにしても「ホープ」ってのは酷いな。記号と換わらん。きちんと胸に響く日本語にせんかい!)でありますが、名前そのものを付けないというのは純粹にテクノロジーの問題です。この文章は「われわれはまだエンジンを搭載するような資格がない」と云っているにほとんど等しい。名前の推進力を理解できないというのは、人間の営みである技術というものが根本的に判っていないということだとあたくしは想います。コスト意識もない。これでは飛ぶものも飛ばなくなります。
 それ以前に名前が無いというのは存在しないということです。成功どころか失敗もない。あの文章は失敗を見越して極力目立たないように名前を付けなかったというふうにも読み取れますし、サイトに結果を掲げず応募者だけにこっそり連絡するというのもそんな心情からかも知れませんが、そうであるなら失敗の重要性も判っていない。もう一度云いますが、名前が無いというのは成功どころか失敗もないということになるのですからな。ロケットの失敗が大好きなあたくしもまったく興味を惹かれない由縁であります。
 もう、無理してロケット開発なんか続けるのは諦めて、やめてしまったほうがよろしいのではないでしょうか。なにより開発者自身が、そう願っているのではないでしょうか。
 もっとも、いまだに糸川英夫の亡靈が生き残っているといった、この手の組織にはありがちの詰まらない理由からだったりするのやも知れませんが。

 なんにせよ日本でロケットと呼べるのは<海オケラ号>だけだと云うことです。ほかは<無>なのです。開発者たちがそう望んでいるのです。
 名前の力とはそういうもんです。


2001/8/28  あのドキュソ参謀の再来なのか!?

 今回の2ちゃんねるの消滅危機というのがあたしにはどうもよく判らなかったんですが、2chのサーバを管理されている夜勤氏のこのスレでの発言を読んでようやく腑に落ちました。

    30 名前:名無しさんの声 投稿日:2001/08/25(土) 15:12 ID:???
>>22
飽和点ってのは無いもんだろうか?

31 名前:夜勤 ★ 投稿日:2001/08/25(土) 15:16 ID:???
>>30
飽和しないようです、当分。
増加のペース自体が加速度的に増えています。

自然の摂理というか、2ちゃんねるは食物連鎖の頂点にいるというか、
天敵がいないというか、、、


 パソコン売上げが落ちてインターネット人口も横ばいの現在、2ちゃんの増加率も落ちていると考えていたのですが。もちろんあの規模では速度が落ちても増加するのなら大変だと想ってはおりましたが、その増加率自体が加速しているのなら確かにこれはおおごとです。目眩がいたします。
 常時接続が増えたせいだという分析もあるようですが、どうもそれだけでもなく臨界点を突破したらしい。驚くのはこれまではまだ臨界に達していなかったということでして、ウェブの臨界点はあんな高い処にあるのか!低いレベルでとっくに飽和に達した絶望書店には想像もつかぬことであります。
 もっとも、絶望書店がやっていけているのは適度な処で飽和しているからでして、ウェブでは規模の優位性などまったくありません。経費のほうが常に上回ってしまいますので。
 俄に盛り上がっている2ちゃん収益確保事業の議論ですが、現にウェブで喰っている絶望書店主人から観ると甘々なものの、プロが偉そうな顔をしてやっている既存のウェブ事業よりはまだしも見込みがあるように感じられます(すでに桁違いの経費が今後も加速度的に増加するのなら何をやってもお手上げでしょうし、運営者側はとっくにそこを判っているようにも見えますが)。現状のプロ連中の仕事がいかにいい加減なものばかりであるかが逆によく判ります。

 ここで期待を抱かされるのが西和彦の言動でして、じつに西さんはいいところに貌を出しますな。まるで幾度失敗を重ねようとも露ともへこたれずにまたもや重大局面に顕れてドキュソ作戦を展開する人類史上最大のドキュソ厨房・辻政信参謀を彷彿とさせます。いや、マジメな話、成否はともかくこのタイミングで派手な作戦をぶちかましてくれるのであれば辻参謀に匹敵する歴史的大厨房と認定して佳いのではないでしょうか。
 えーと、辻政信とは明らかにシャア・アズナブルのモデルとなった実在の人物でありまして、シャアの3倍、いや3万倍は凄いナポレオンよりもアレキサンダー大王よりも諸葛孔明よりも偉大な世界歴史上最強の軍人です。シャア少佐なんてアニメだけの絵空事だと想っている方は調べてみてください。残念ながらいい本は一冊もありませんが。とくに本人が書いた本は面白くないので初心者は読まないように。あっ、モデルと云っても貌のことではありませんので、その点はくれぐれもお間違えなきよう。
 絶望書店日記をお読みいただいている方々には、すでに世間から忘れ去られている西和彦をあたしくがいまだに非常に高く買っていることはご承知のことと存じますが、正直申し上げて辻政信の域に達するまで凄い人物だとは想っておりませんでした。
 ツジとは違ってニシの作戦は皇軍が何万人も犬死にすることもないでしょうから、大いに暴れてもらいたいもんです。いや、ほんものの死人が一杯出ることはないと想いますよ。たぶん。

 10/21 あのドキュソ参謀の再来なのか!?2も参照のこと。


2001/8/23  華麗なる編集者

 ウェブ上をうろうろしていてブラック・ジャックの素『ジキルとハイド』のオープニングがRealPlayerでアップされているのを見つけました。
 この日記の3/16日の処にございます。いつ消されるか判りませんから、速攻でダウンロードさせていただきましょう。
 白いジキルと黒いハイドが左右半々に合成されるシーンもばっちりです。もっとも、最初のうちは丹波哲郎の前髪は短いので、あんまりブラック・ジャックには似ておりませんが。
 佐藤勝のサイケなテーマ音楽と篠山紀信のサイケな写真だけで、どれほど異様な番組だったのかは十二分にお判りいただけるかと存じます。何度観ても凄いなこれは。

 もともとは二河白道の図がないもんかと探していたんですが、想ったよりもいろいろあるのですな。何百年前の立派なものだけではなく、最近のCGやらヴァーチャルリアリティーなんてものまであったりします。
 そんななかでこのお寺さんの図が判りやすいでしょうか。ちょっと小さいですが。

 えーと、また余処様から勝手に持ってきただけで手抜きのように見えるでしょうが、こういうのを専門家のあいだでは<編集>と申しまして、創り手よりもよっぽど高い銭をいただけたりするもんなんだそうです。よくは識りませんが。


2001/8/14  この妄想こそが出版なのだ!

 版元ドットコムに版元日誌なんてのがあることに気付いたのは最近のことですが、ひとつの文章がどうにも気になって、その出版社エディター・ショップのサイトを覗いてみました。
 そこでメルマガ・ふってんとかいうのを最初から全部読んでみて、これはなんかよく判らんがただごとではないなと感じました。いや、近頃こんな面白いページは久々に観た!あたしはいわゆるトンデモや電波系にはまったく趣味がないが、これはそんなものとは違う何かがある!!
 早速、問題の久本福子『文化ファシズム』を読んでみました。うぬぬぬぬぬ。うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ。

 『文化ファシズム』の内容と評価はCafe OPALの日記に的確にまとめられているので読むように。
 何だかよく判らない妄想を人に伝えたくて伝えたくて、ひとりで出版社を立ち上げてしまい、流通に阻まれながらも書店を一軒一軒廻ってなんとか読者を得ようとする。そして、己の想いを伝える武器として電脳と電網の力に目覚めてゆく!
 記号をデザインに使うことに覚醒する場面などは本当に感動した!昨今の電子出版などのぬるい議論に辟易しているあたくしには、これはもうハイパーカードを初めて識ったとき以来の感動だ!したり顔でマヌケな試みを繰り広げている連中とは違って、この人の電脳と電網への洞察は見事に核心を突いている!目先を変えるだけの小手先の技術ではなく、已むに已まれぬ魂の発露であるからだ!!
 そんな部分だけではなくこの本にはとにかく感動した!!あたしが新刊で感動するなど、この十年以上なかったことだ。何故か同じ文章を二度連ねるレイアウトなんかも面白い本であるし。
 この本に書かれている対象についてあたしは智識も興味もないので、どの程度まで間違っているのかは識らんが、なんにせよ本を出すというのはハタ迷惑なもので、云ってしまうと出版とはテロリズムなのだ!人を斬り裂くほどの妄想でないと出版する価値などないのだ!この本はそのもっとも根源的なことを体現しておる!!

 エディター・ショップは版元ドットコムから抜けてしまったようで、これだけの美味しい素材をむざむざ逃してしまうとは、出版社の集まりとしてまったく情けない限りではあります。実際に接すればそうとう厄介な人物であることは想像つきますが、猛獣遣いの能力がないなら編集者など辞めてしまったほうがよろしい。それこそ電脳と電網がある時代にはゴクツブシなだけの不必要な存在です。
 版元日誌には版元ドットコムの売上げが公開されています。ウェブで本を売ることがどれほど難しいかあたくしは識り抜いているつもりですが、それにしてもこれは酷い。エディター・ショップなんかをうまく遣いこなせばアクセスが百倍になって売上げも少なくとも十倍以上には伸ばせるでしょうに。
 読者に訴えかけるサイトも創ることのできない人たちの出版とはいったいなんなのでしょうか。そんな人たちの出す本にどのような意味があるのでしょうか。版元日誌でひとつだけ削除されているのが最初にあたしを惹きつけて実際に本を手に取らせた文章ですが、その他のおよそ読むに値しない凡庸な文章を漫然と綴っている編集者たちの出版とはいったいなんなのでしょうか。『蜘蛛男』の如きメッセージ以外は当然排除すべき場所だということさえ想い至らぬ人々に、読者から金を取って出版する資格なぞあるのでしょうか。
 本を直接売る話で「直販もできない輩には、出版などする資格は最初からない!」とあたしが云っているのは、本とはほかの商品とは違ってメディアであるからです。出版社とはほかのメーカーとは違って、受け手に直接訴えかけるのが商売であるはずだからです。
 いや、いまどきほかのメーカーでも直販しようとしています。中抜きしてコスト削減を図っているだけではなく、明確な商品メッセージを完全にコントロールしたままユーザーに届けたいからです。なんとなれば、家電だろうと服だろうといまや実用品ではなくメディアに近くなってきているからです。
 むしろ出版社だけがメディアの意識を無くしている。意識はあったとしても能力がない。こんな連中の出す本がいままで売れていた方が異常です。そんな異常事態が続いてしまったがために、あたかも本が実用品であるかのような勘違いしたままの間抜けな出版社があったりするのです。そもそも、こんな高邁な話以前に、あんたがたにはどうしてもどうしても人に伝えたい妄想などあるのか!?
 こんな連中に頼っている書き手も同じです。ほんとうにどうしてもどうしてもどうしてもどうしても人に伝えたい妄想があるなら、こんなヌルい連中と付き合っていられるわけがない!!己の手でなんとか読者に届けようと足掻くはずだ!!そう、久本福子の如くに!!!!!!
 いまの日本でほんとうの書き手は久本福子だけで、ほんとうの出版社はエディター・ショップただひとつだけだ!!!!!!!!!!!!どうしても抑え切れぬ眞の妄想を胎内に宿せぬ者は、流れを邪魔をするうえにただでさえ乏しい利益を簒奪する出版界の寄生虫に過ぎんのだ!!!!!!!!!!!!反論できる奴はいるのか????????!!!!!!!!!

 エディター・ショップぐらいの苦労を重ねてみてもうまくいかない場合は、誰かの陰謀ではないかという妄想を抱くのも無理からぬことではある。むしろいまの出版流通が当たり前でこれを維持しようなどと考えるほうが異常者であるだろう。さらにはまともな努力さえ怠りながらブックオフのせいにしたり、果ては読者のせいにしたりする妄想が蔓延しておる!エディター・ショップのほうがよっほど健全だ!!
 Cafe OPALの日記は『だれが「本」を殺すのか』に関する部分を読み誤っている。『だれが「本」を殺すのか』は出版界守旧派の意向を受けて問題を隠蔽するために書かれたという『文化ファシズム』の記述はまさしく正鵠を得ている。もっとも、それに気付かないくらいに脳天気なノンフィクション・ライターであるというのがほんとうのところであろうが。
 『だれが「本」を殺すのか』が駄目本だという文章はあちこちで観たが、これほど的確になぜ駄目かを云い当てたものを初めて読んだ。電脳や電網に関する記述と同じく、『文化ファシズム』の出版流通に関する指摘は悉く澄み切った慧眼のなせる術だ!同じく魂の発露の問題であるからだ!逆に云えば、この人と反対の妄想を抱いている連中に、いかに魂がないかが識れるというものだ!!

 いまだ、出版や本に強靱なる妄想を抱けると自負する諸氏は、エディター・ショップのサイトから直接『文化ファシズム』を買って読め!そして、泣け!
 絶望書店主人は強く推奨す!!

    2002/6/27 おまえら!この妄想を買え!!!!も見よ!!



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