絶望書店日記

本を買うなら
絶望書店

メールアドレス
zetu●zetubou.com
●を@にして送信してください

絶望書店日記を検索


絶望書店主人推薦本
●女の子向け

 
『炎の女 伊藤野枝伝』

岩崎呉夫 昭38年初版 七曜社 カバー痛み 2000円
伊藤野枝の28年間の無茶苦茶な人生も凄いけど、それ以上にこれは本として実に良くできている。とくにラストは胸締め附けられる!!女子読むべし!!


●男の子向け

 
『ニューヨーク武芸帳』

坂本正治 昭51年初版 中央公論社 並上、少カバー痛み、帯 2000円
坂本正治の痛快本!!前途渺茫たる学生さんには殊に強く推奨いたします。男子読むべし!!売切れました。


●言葉に戯れたい人向け

 
「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」
三島由紀夫『小説家の休暇』『裸体と衣裳』をも越える多彩なる思索日記。うねうねとたゆたう独特の文体もたまりませんです。



二階堂有希子だったのか!!!?ショップ



フィード
 rss2.0
最近記事
過去
カテゴリー












Archive for カテゴリー'メディア'

Next Entries »

2005/11/24  Sonyを讃えよ!いや、まじに。

 あたくしはiPodはおろかカセットテープのウォークマンさえ一度も使ったことがありません。外を歩いてるときはもっぱら本を読んでます。新宿なんかの雑踏を歩きながらも本を読んでます。携帯を読みながら歩いてる方は大勢いますから特別器用なことをしているわけではありません。BGMというのが苦手で、音楽を聴くときはじっくり聴きます。おもに義太夫や清元が中心ですけど。
 そんなあたしが生まれて初めてウォークマンに興味を抱いたのは例の社長自らの上下逆さ持ち発表会からで、歴史好き、殊に滅びの歴史が大好きなあたしには、これは何かが始まるなとみなさんと同じように感じたわけです。
 起死回生のために11/19に満を持して販売されたWALKMAN Aシリーズは期待にたがわぬ素晴らしい展開力を見せつけてくれました。

 発表をわざわざ2ヶ月も前のiPod nano発売にぶつけて自爆。これまでの製品よりでっかく重たくしたうえに売れてもないうちから自画自賛するデザイナーや企画担当者たち。80年代テイスト満載のチョイワル広告。いまどきわざわざiPodでなくウォークマンを買うようなソニー信者の方々も糞認定して泣いているiTunes対抗アプリ・コネクトプレーヤー。さらに泣いてる人の神経を逆なでする開発責任者のおもてなしの心。一般モニターを募って宣伝のために開設したのにあまりの製品のひどさから「Macだから使えなかった」「風邪で熱が出たから今日は試せない」と苦しい言い訳で時間稼ぎをしながらとうとうまともなレポートもしないままに炎上して閉鎖したブログ
 もうなんというかお腹いっぱいてんこ盛りで、あのジョブズでさえあたしをこれほどまでには愉しませてはくれません。
 あんまりおもろいので日頃行かない処まで廻っていたんですが、今回のウォークマンを開発したソニーコネクトカンパニーに関する2ちゃんのスレを見て、どうもこの展開は想ったより奥が深いと判って、あたしは見方を変えました。
 あのパソコン史上に残るようなあまりの糞っぷりに話題沸騰のコネクトプレーヤーは、JavaScriptで開発していると云うのです。

 

329 名前:It’s@名無しさん 投稿日:2005/09/21(水) 01:58:11
>>301
ふつうそう思うだろう。違うんだな。Ajaxでもないぞ。

単にアトラックのID3 V2をJavascriptで読み書きしたり、
新DRMマーリンの処理をJavascriptで計算したりする。
糞遅い。

偉いひと木村さん(文系)に使えと言われたので、
使わないと、辻野さん(一応理系)が偉くなれないんだ。

 日付やほかの人の書き込みを見るとたぶんほんとに中の人の証言なんでしょう。頻出する「ゑ苦魔」というのはECMAScriptのことですな。
 これだけでもそうとう驚いたんですが、なんとソニーはほかの製品でもこれをやるそうなんです。

 

763 名前:It’s@名無しさん メェル:sage 投稿日:2005/11/22(火) 00:57:04
>>762
そう。デジカメもハンディカムも、全部もっさりするってこと。
全てはPにたぶらかされてKが立ち上げた愚策だよ。

 うーむ。こんなまとめをしている方がいます。

 

777 :It’s@名無しさん :2005/11/22(火) 02:36:38
どどどっとまとめるこんなとこかな。間違っていたら指摘世炉とかここの人には
あんまり言えないけどw。

・ CONNECT Playerの本体はtinyhttp.exe、CONNECT Playerは事実上、そのフロントエンド。
・ tinyhttp.exeの正体はFSKと呼ばれるSONY独自技術。
・ FSKとはある種の開発+実行環境。Javaの仮想マシンみたいなもの。
・ ただし、その言語はECMAScriptベース。

ECMAScriptでコンシューマ向けのアプリを書くこともなかなか厄介であるが、
仮想マシン一つこさえることは、もっと野心的な作業だ。
FSK一つで全てのモバイル機器とOSのプラットフォームにするのは、もはや偉業。
苦労するよね。そりゃ。

 これは乏しい情報からの推測ですからどこまで正しいかはよく判りませんが、少なくとも
1.JavaScript(ECMAScript)で開発している。 2.モバイル機器の共通プラットフォームにする計画。 3.偉業である。
この3点だけは揺るぎない事実のようです。
 仮想マシンだから糞重いという説が流布してるみたいですが、あそこまで極端に重いのはやっぱり中の人も云ってるようにJavaScriptの要因が大きいのではないでしょうか。

 Ajaxなんかとは比べものにならない驚天動地の革新です。グーグルなんかのやることをいちいち持ち上げてる方々は、ソニーの技術革命にもっと注目すべきではないかと想います。
 さても、グーグルにいちいち反応して騒いでいるのがどうもあたしにはよく判らないのですが、やってることはすでに以前からあるものだったりあるいは他社もすぐにマネできるものばかりで技術的にそれほど大したもんではありませんし、戦略も要するに人を集めて広告料金を稼ぐといった凡庸なもので、たとえばホリエモンが金融を中核として情報をたんなる人寄せだけではなく信用力にも変換するという情報とはなにかという核心に迫る展開を目指してるのと比べても退屈です。
 なにより、グーグルはベンチャーで資金も腐るほどあるというのにリスクを取って果敢に新しいものへと挑戦しているとはあたしには感じられません。ホリエモンみたいに失敗するとすべてを失うんだろうなあというものとはだいぶ違います。
 もちろん、誰がどんなリストを負うかは勝手なので、あくまでもいちいち騒いでいる側の評価のことをあたしは云っているんですが。いろんなサービスが無料で使えるのは便利なのであたしもありがたくグーグルを利用してますが、そんなに大騒ぎするほどのことなのか。
 もっとも、ホリエモンにしても失敗しても失うものなど大してないからああいうことができるんでしょう。それに引き替え、ソニーというのは歴史も名声も栄光もこれまで築き上げてきたものが膨大で失うものは計り知れないのに、ホリエモンの無茶に見える目標よりもさらに遥かに成功率の低い困難な挑戦にすべてを賭けて果敢にもいどんで、見事に玉砕しようとしている。
 これほど美しい姿はないと想います。これは皮肉なんかじゃなくて、ほんとにそう想います。
 目立たない実験的プロジェクトである程度成功してから本格採用するというのなら判るのですが、ソニーの代名詞であるウォークマンの復活を期した、つまりはソニーの命運のすべてを担った今回の新製品でいきなりぶつけてくるというのは誰にでもできることではありません。
 いったいどうしてこんなリスクを取れるのかよく判りませんが、外から見ている観客としてはこれを評価せずして何を評価するというのでしょうか。真面目な話、これは大いに賞賛すべきです。金を出して買ったりはもちろんしませんけど。
 せっかくなんとか使えるようになってきたSonicStageを捨ててどうしてわざわざこんな糞ソフトに乗り換えようとするのかとみなさん怒っておられますが、ソニーはそんな目先のちまちましたことではなく遥か遠くの壮大なるビジョンを抱いて邁進しているわけです。誰にも想いつかない誰にもマネできない真に革新的なビジョンを。
 いまどきわざわざiPodでなくウォークマンを買うようなソニー信者の方々もこの革新性に注目されてないのは惜しいことです。もっとも、ユーザーとは直接関係のない処での革新であるというのは痛いですが。

 わざわざJavaScriptということで、最近ちょくちょく話題に出るようになっているデスクトップアプリからウェブアプリへの移行、こちら側からあちら側への変革をいち早く見据えたビジョンと考えるのは、やはり見当外れなんでありましょうか。こうなるとユーザーにも関わる大きな変革となるんですが。
 なんか、高速で移植性も高いですよと技術の判らないトップがコンサルに騙くらかされたとかいう情報もずいぶん前から流れてたみたいですが、どう考えても逆に激しく重くなるだろうし、コンサルの営業テクニックとしては今時ウェブへの移行のほうが説得力はありそうなもんですが。
 最大の売りであるアーティストリンクとかいうがウェブ上のデータベースと繋ぎっぱなしにしないと使い物にならないのなら、CONNECT Playerはウェブ上に置いたほうが合理的でしょうし。いや、音楽データをローカルとウェブ上に同時に持ってないとこれは意味ないか。すると音楽をウェブ上からすべて買う時代を見越してとか。うーん、やっぱり見当違いだな。
 つーか、吹き込んだのはPeter Hoddieなのか?映像配信も絡むのか。PSPとどういう関係になるんだろ。

 ところで、件のスレではJavaScriptとECMAScriptは違うものみたいに云ってる方もおりますが、このふたつは同じものなんですよね?性能的に違いがあるもんなんでしょうか。
 実を云うと、この手のアプリをJavaScriptで開発するというのがどういうことなのか、あたしにはもひとつうまく飲み込めていないのですが、どなたか具体的に解説していただけると幸いです。よろしくお願いいたします。
 一応メモ、ECMAScript デス 2

2007/10/31  おまえらはSONY以下なのか?も参照のこと。


2005/11/5  思考の塊を投げつけろ!

 いま出ている『ユリイカ 2005年11月号 特集・文化系女子カタログ』に、未映子のなんとも摩訶不思議な文章が掲載されている。
 「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」って、そりゃまたあんたえらいこっちゃな。すっごいなこっれ、なんじゃいな。

 ユリイカなんちゅうのは、あたしのなかで無いことになってる雑誌なんだが、この破天荒な狂い咲き文章を載せてしまったことだけですべてを赦そう。
 「音楽系?」なんてくくりにいれてるのは明らかになにも想い付かなかった編集の苦し紛れで、ほんとはこれこそ「詩と批評」と銘打ってユリイカ巻頭に据えるべきはずの代物なんだが、まあいい。さらに云うと、全編これ未映子の文章だけでもいいはずなんだが、文化系女子なんて範疇にはおさまるもんでもないし、ユリイカにはもったいなすぎるから、まあいい。
 さても、この特集全体はいやに古くさいな。どんなけ古いって、おやじ雑誌としても10年くらい古いのではないか。ヲタク系も学問系も表紙も、一昔前のおやじ雑誌のパロディーを読まされているような気がしてくるし、虐げられたワタシみたいなのばかりで10年どころか百年一日であいかわらずもこういうことになってんのか。

 なんだか、ひからびたカタログの解説文ばかりのなかで、唯一、賞味対象の天然モノがまぎれこんで、かろうじてカタログの面目を保っている。状況がいかに疲弊しようが、ひとつの才能が顕れればただそれだけでどんより重い海原が忽然と割れて地平が開闢するという歴史の円環を見事に示しておる。
 ウェブ上を見て廻っても、ほかの枯れた判りやすい文章にはいろいろ云ってる人がいるけど、この未映子のやつだけはみなさん見事にスルーしてるな。これほどの言葉と思考のうねりを噛み砕き消化するほどの牙を持った読み手はいまだ地上にはおるまい。
 つまりこれは先行するものへの注釈雑誌、常に数歩遅れることが使命のはずのユリイカが、図らずも時代の最先端に立ってしまったということですよ。ひょっとすると創刊以来初、かどうかはよく識らんが。
 想うに、雑誌なんてものがなにゆえか時間を均等に区切って定期的に刊行され、はたまたなにゆえかいろんな人に空間を均等に割り振って数多くの記事を載せるのは、まさしくこういう時代の転換点を断面として一冊に封じ込めて提示するためにあるのだった。ひさびさに雑誌の存在理由を見せつけられてしまった。あれだけ旧時代の遺物をこれでもかと並べたなかに先端を脈絡なく配置するとはなかなか心憎い。
 ユリイカは未映子の産み落とすものに注釈を付けていくだけで、これから10年はやっていけるだろう。まったく、そらええわ。ええネタを見つけはったわ。大いに誉めそやしておくわ。
 諸氏も立ち読みでもしてみて、歴史の大いなる結節点に立ち会ってみられるように。

 未映子自身はこの文章を「絶叫詩」「散文詩」と呼んでいるのだけど、これを「詩」と云い切ってしまってはおもしろくないな。なんちゅうか、思考がそのまま形象を爲して投げつけた塊と云おうか。カタログ注釈雑誌のユリイカではなく、ポーのほうの『ユリイカ』と同じ範疇の「詩と批評」ではある。
 人の脳内に入り込むような空想物語では、超能力か未来的先端技術が必要とされるけど、じつは言葉というものがなによりもすごい超能力であって、電子機械などおよびもつかない最先端のハイテクであって、言葉のみで脳内宇宙をそのままぶつけることが出来るということを証明してしまっている。それも、意識の流れと云った線状のものではなく、立体的な塊として思考が切り頒けられることなしに一気にぶつけられる。さらにそれがそんじょそこらのあたりまえの脳味噌ではないから、ほとんど異星人接触テーマさえ内在されておる。詩などというレベルのもんではない。
 吾妻ひでおで、訳の判らん脳内妄想を塊にして投げつけるようなのがあった気がするけど、それを現実にやってしまっている。
 もっとも、詩というものはもともとそういうもんなんではあるが。現代に於いて言葉がいかに本来の姿を見失われて、すでに出来上がってひからびた意味だけを伝える道具に堕してしまっているかということか。

 そう云えば、7日に未映子ライブがあるけど、未映子のライブも歌というより思考と感覚の塊を形象爲して投げつけられたような妙に具体的な物質感がある。未映子の頭の中をジオラマにして直接その空間に放り込まれるような。
 『頭の中と世界の結婚』とはよくぞ云ったもんだ。
 未映子サイトにアップされているライブ映像を観て、そのごくごく一端を感じてみられては。まあ、映像では限界がありすぎるけど。
 あらためて言葉ってゆうのはすんごいな。往くとして可ならざるは無しの魔法だな。


2005/3/22  虚業の矜持

 ライブドアの傘下に入った場合は、スポンサーが降りて、フジサンケイグループとの関係も絶たれて経営が立ち行かなくなるとニッポン放送自身が発表しているわけですが、これはつまり、自分たちのやってる番組そのものに商品価値なんてもんはこれっぽっちもなくて、ただ古くからのお友達関係のお情けでお金を恵んでもらってやっているに過ぎませんと公的に認めたということなんですが、そこんとこを誰もつっこまないのは、すでにラジオなんてのはそういうもんだろうと皆さんが考えているということなんでしょうか。
 産経新聞がホリエモンに説教するなんてこともありましたが、毎年何十億も赤字を垂れ流しながら親会社に養ってもらってる本来存在できるはずのない方々が、いかにインチキ商売とは云え自分たちで自立してお金を稼いでいるライブドアに偉そうなことを云うのはいかにもおかしな話だと想います。
 そもそも、ライブドアを非難する人々があれは<虚業>に過ぎないと云ってるのがどうにも違和感があるのですが、放送だとか出版だとかジャーナリズムだとかコンテンツだとかウェブだとか、これは全部<虚業>ではないのか?
 そんなことを考えながら鹿内信隆の本を読んでたら、この人が産経新聞の社長に就任した昭和43年に「新聞社というものは虚業の最たるものだ」と発言していて、笑ってしまいました。
 当時も産経新聞は気の遠くなるような赤字を垂れ流していて、それまでグループで稼いでこの赤字を埋める側だった鹿内としてはこう云いたくなるのも判ります。しかし、じつはこの頃は産経新聞の輝やける赤歴史のなかでも比較的マシだったのであって、このあと石油ショックでいよいよえらいことになって社員の半数の首を切るという滅茶苦茶なリストラを断行する。最近では右路線の好調で多少楽になったとは云え案外部数は延びておらず、苦しさは鹿内が虚業と云った頃とたぶん変わらん。ただ、グループ全体が当時より巨大になったので多少の赤は養えるようになっているのですが、これとてテレビがコケればどうしようもなくなる。そして、テレビはもうもたないでしょう。
 すべては蜃気楼の上にあります。
 
 鹿内一族というか初代の鹿内信隆のいかがわしさえげつなさはホリエモンの何百倍の威力で、ムチャクチャおもろいので皆さんもうちっと研究されてみることをお奨めします。
 ウェブ上では本所次郎『閨閥—マスコミを支配しようとした男』が話題となってますが、これは「文藝春秋」などのいくつかの記事を無断でそのままコピペしただけのしろものですから、元の記事を読んだほうがいいです。中心となった記事は佐野眞一『あぶく銭師たちよ!—昭和虚人伝 』に納められていますので読み比べてみたらいいですが、『閨閥』はほんとにそのまんま。あわてて絶版にしたのもむべなるかな。それでいて最後に「本作はフィクションであり、実在の個人・団体などとは一切関係ありません」とか断り書きがあっておかしいのですが、これはこれでメタ小説としてなかなか興味深い。<虚業>とはなにかを探る上での彩りにもなって、ヤフオクで値が上がっているのもゆえなしとはしません。
 
 さて、世間では鹿内信隆が創業者として紹介されることが多いですが、実際にはニッポン放送やフジテレビというのは植村甲午郎や水野成夫などの財界の大物が日経連をバックに創業したもので、鹿内は彼らに雇われた番頭に過ぎません。それが創業者が死んだ後に抜打ちで株を買い占めて創業者一族を追い出してグループ全体を乗っ取ってしまう。世話になった相手を騙しながら乗っ取るのですからえげつなさはホリエモンどころではない。
 さらには公共の電波をなんの経験も能力もない息子に継がせて(結果的に成功したので能力はあったのでしょうが、その時点ではなんの能力も示しておらず、信隆も春雄には能力がないと考えていた)、これがまたライブドア的な軽い文化祭のりだけでなぜか成功するが、女帝のいかがわしい宗教によって息子の病気は手遅れとなって若死にし、またこの宗教が元となった女帝の怒りからクーデターが起こって婿養子ともども鹿内一族は放逐される。
 果ては幻の王権復興のために小学校にも行かせず庭にも出さずに彫刻の森美術館に何年も幽閉されている、鉄仮面や謎のカスパール・ハウザーもかくやという幼き総領孫までいます。※宗教や幽閉については三代目・宏明の嫁さん(信隆の末娘)が書いた「文藝春秋」1993年4月号の記事参照。
 なんとも、ライブドアはオウムに似ているとか云ってる場合ではありませんぞ。
 
 最大の問題は一介のサラリーマンに過ぎない鹿内がどうやって莫大な株購入資金を個人で得たかというところにありますが、これについては開局当時の総務局長という人が実名を出しながら「ニッポン放送の運転資金を流用していたフシがある」という驚くべき証言をしています。ほかに財界筋のなにか不正があったという証言もあります。※「文藝春秋」では「フシがある」なのに『あぶく銭師たちよ! 』では「流用していたとしか考えられない」と書き換えられています。
 ここで上記の「新聞社は虚業の最たるもの」発言ですが、これは田中角栄に云った言葉です。池田勇人政権の財界四天王と呼ばれた創業者の水野成夫が、成り上がり者で自分にたてつく田中角栄を嫌って、莫大な金を注いでスキャンダルを暴き、産経新聞の経営とともに資料を鹿内信隆に託したのですが、鹿内はこれを持って何故かのこのこ田中に逢いにゆき、田中の人間性に打たれて資料を灼いてしまいます。
 さらに、資料を捨てると約束したあとというのがミソなんでしょうが、田中が産経新聞再建のための資金提供を申し出、鹿内はこれをきっぱりと断ります。しかし、断りながらも何故か必要な額を提示します。この文脈で出てきたのが上記の言葉で「新聞社というものは虚業の最たるものだ。かりに百億や二百億のカネでもすぐ消える」というわけです。※鹿内信隆『指導者・カリスマの秘密』参照。
 資料とバーターに田中経由で資金が出てきたと考えたほうが自然ではないかとあたしは考えます。いくら当時のニッポン放送の景気がよかったとは云え、何十パーセントもの株を押さえるだけの額を流用はできんでしょう。開局から10年以上掛かってこつこつと流用したということなのやもしれませんが。
 田中角栄本人が出すはずはなく、実際の資金の出処と鹿内がはじめた正論路線とのつながりとかいろいろ勘繰りはできます。
 もっとも、このあたりは株取得の時系列を調べて、この年より前だったらすぐに否定される推測です。一応、創業者が弱ってからやったという前提で考えてますが、ニッポン放送には水野の眼が届かないので、もっと早くにやってることかも知れません。
 
 いずれにせよ、サラリーマンには絶対無理な資金がどこからか沸いてきて、5億円の自宅だとか、時間外の相対取引だとかなんてのとは比較にならない巨大な不正を基盤としてフジサンケイグループが成り立っていることだけは間違いないのに、いまに至るまで誰も追及してないというのは、この国にジャーナリズムなんてものが果たして存在しているんでしょうか。
 まだ鹿内信隆がトップに君臨していたときにこれだけの証言を得て活字化しているのに、それ以上なんも掘り下げてない「文藝春秋」や佐野眞一というのはいったいなにもんなんでしょうか。
 ライブドアに対してジャーナリズムとは云々とか偉そうに語ってる輩は恥ずかしくはないのでしょうか。
 
 一方で、ネットジャーナリズムとか云ってる輩やジャーナリスト志望の学生さんなんかが、日枝会長の自宅前インタビューを撮影してきてそのままウェブで流すくらいのことを何故やらないのかも不思議でしようがない。
 それどころか、ここで掲げた資料程度を元にして書いてる人もほとんどいないようですし。
 亀渕社長は数少ない鹿内宏明の側近だったのにクーデターで大将が失脚するとあっさり見捨てて日枝派に寝返り、それ以降、異様なまでに日枝に忠誠を尽くすのはこの経緯があるかららしいとかいろいろ掘り下げ方はあるはずなんですが、表面に流れている情報だけを元にみなさん語っている。
 『閨閥』でひとつ判らんのは、日枝会長はもともと組合の委員長だったのに、組合潰しのプロである鹿内信隆に懐柔されて反対に鹿内秘書になって取り入って出世したということになっていて、これがほんとなら鹿内の不正な株取得に関わっていたということになるんですが、嘘ならなんでわざわざこんなストーリーにしたのか、少なくともなんかの典拠があってコピペしただけだと想うのですが。通常流布されてる話では、組合活動のため干されて、二代目の社長就任とともに編成局長に抜擢されたことになってるけど、これもいろいろ辻褄の合わんことがあって、ここんところを誰か掘り下げてもらいたいもの。
 はたまた、ホリエモンも3/11に『閨閥』を読んで感心したみたいで、つーことはここに掲げた情報なんかも調べてないということでいかにも泥縄。
 まあ、<虚業>というのはきちんと金を得ることと、おもろいかどうかということが重要で、あたしにはいろいろ疑問もあるもののライブドアに関してはみなさん愉しんでいるようだから充分成り立っているのではないでしょうか。
 
 それにしても鹿内信隆の<虚業力>は素晴らしい。流用にせよ角栄スキャンダルにせよ、乗っ取る相手の金をそのまま使って乗っ取ってるんだからLBOどころじゃない。
 産経新聞の再建も、もっとも金の掛かる流通をなくすというウェブ的というか、より<虚業化>を押し進めることによってるし、フリーペーパーを成功させたのもその延長線上にある。はたまた、社員の半分を首切りしたのも、米国の新聞を手本として通信社を活用して、もらってきた発表をそのまま記事にするだけの記者クラブにも人員を張り附けないという理論に裏付けされたもので、取材なんか必要ないというホリエモンの発想と通ずる<虚業>精神がある。
 放送だとか出版だとかジャーナリズムだとかコンテンツだとかウェブだとかを考える者は、鹿内信隆を見習っていかに<虚業化>を押し進めるかということをもう一度考えてみるべきではありますまいか。
 その前に必要なのが、自分たちがやっているのは立派な<虚業>であるという矜持です。
 
 ※本所次郎『閨閥—マスコミを支配しようとした男』入荷しました。


2004/8/29  恋するヘモグロビン

 未映子の日記のほうにもちょっと書きましたが、『FEEL YOUNG(フィール・ヤング)』8月号から連載の始まった未映子のまんが「“キ”印のおんなたち」は1回だけで打ち切りとなってしまいました。
 出版関係から探りを入れてみたのですが、あの雑誌はシュークリームという有名な編集プロダクションが編集をしているけど、編集長だけは詳伝社の人らしく、この人が直接に未映子を担当していたらしい。タイトルについても当然編集長のOKをもらってなんの問題もなく掲載されたのに、販売後にかなり上のほうからクレームがついたらしい。
 連載を切るだけでなく、いま出ている次の号にもお詫びなどが載ってるわけでもなく、まったく無かったことにしたいらしい。どうも、対応を見るに、やっぱりコンビニに眼を付けられるのが怖かったのか。
 これは完全に出版社側の責任で未映子に落ち度があるわけではないのに、なんのフォローもないらしい。まったく仁義に反するな。

 腹が立ったので、全然関係ないけど、月刊ソングスに連載されている未映子の詩と絵をこちらのページにアップしてみました。
 未映子の詩は素晴らしいけど、このへんてこな絵が付いてないとやっぱりいかんな。みなさん玩味してみてください。「恋するヘモグロビン」とかたまりません。
 ドレミ楽譜出版社の月刊ソングスはあんないいかげんな編集の雑誌とは違って、こんないま最高に藝術的な連載があって、そのうえに未映子の文章がもう1ページ添えられていて、さらに素晴らしいですからみなさんでこぞって購入いたしましょう。500円ですから絶対に損はありません。
 アップしたバックナンバーはたぶんもう売り切れていると想います。一応はそのへんも気を遣っています。確かめたわけではありませんが。
 未映子日記のほうは目的を達成するまで何があっても続けますが、このソングスの詩と絵は申し入れがあれば速やかに撤収します。

 ついでに、未映子のライブ映像(公式サイト直リン。RealPlayer)。12分半もある!時間のない方は8分からの「悲しみを撃つ手」だけでも聴いてみましょう。
 日本のメジャーレーベルでこれだけまるまるウェブで流している例はほかにあるのでしょうか。じつにいいことです。


2004/7/7  未映子はじめました

 以前に未映子のことを記してから4ヶ月、いまだに未映子公式サイトは検索拒否をしておる。
 ずっと考え続けてきたのだが、どうにも理由が判らん。判るのはなんらかの意図を持って営業妨害工作をしている人物が内部にいるということだ。
 あれだけの力のある日記であれば、ただふつうに検索可能になるだけのことでファンは現状より最低でも1万人は増えて、CD売上げも少なくとも3千枚は加算されることであろう。つまり、この人物はわざわざ検索拒否をすることによって1千万円規模の損害をビクターエンタテインメントと未映子の事務所、並びに未映子に与えているわけである。
 いったい何者が何の目的でこのような犯罪行為を行っているのかはっきりさせるさせるために、そしてなによりも未映子の文章を検索可能にして大勢の方に読んでいただくために、無断で日記をコピーした未映子の日記をはじめてみました。

 公式サイトがウェブページ作成の初歩を理解していない素人がやっていることは明らかではあるが、いかに素人にしてもレベルがあまりに低すぎる。あいかわらず日記の目次に日付とタイトルさえ入れずに不便極まりないが、いまどき小学生でももうちっと考えてページを構築しておる。
 とくにニュースページを別に設けているのが莫迦の極みで、訪問者のうちあんなページに行くのは半分もいないであろうし、またあれだけ見にくいページであれば情報を的確に受け取ることのできるものはさらにその数割にしか過ぎないであろう。つーか、ライブやメディア登場の最新情報をトップページに掲げていないアーティストサイトなんてほかにあるのかね?
 己の仕事がなんであるのかまったく理解しておらず、とうてい金を取るような代物ではない。この程度の人と情報の流れくらいは学校なり職場なりで教えていると想うのだが、教わる以前にこんなことも判らん人はこの手のお仕事に向いてないので転職すべきである。
 はたまた、これはウェブ担当の責任なのかどうなのかはよく判らないが、このニュースページの内容が出鱈目極まる。
 テレビやラジオ出演情報を何故か載せないために何度も見逃したり、映画の主題歌になったことさえ一切載せていない。逆に大阪のラジオに出るというので東京で凄まじい雑音まじりの放送を2時間も聴いていたら結局出てこないなんてな酷い目にも遭わされた。あとから調べてみると確かに出演予定はあったものの、数日前には出ないことが決定していたことが判った。
 あたしはもう怒り心頭に発した。とにかく、検索拒否に関しては、いったいどういう輩がどのような目的でもってやっているのか明らかになり、なにより検索可能になるまではコピーページを続けるつもりであるので、よろしく。
 なんせ内部の者がやってるのだからグーグル八分どころの騒ぎではない。ビクターエンタテインメントもこんな輩を雇っているのは株主に対する背任行為に当たるはずである。はっきりさせてもらいたい。レコード会社が腐っているとは云っても、いくらなんでも限度というものがあるのではないのかね。

 未映子の以前の公式サイトの日記もあたしが保存していた分を合わせてアップしてみた。何故かいまのサイトには載せられてないのも面白いのばっかり。こっからもう全部順番に読みなさい。
 日付はかなり情報を集めてみたが、最終的にははっきりとは判らないので間違ってるかも知れません。なんで日付なんてな当たり前の情報で、こんな苦労をせんとならんのか。

 ついでに月刊ソングスに掲載された詩も載せてみた。もうほんとに詩は素晴らしい!
 月刊ソングスには未映子の摩訶不思議なる絵も添えられていて、さらに何倍も素晴らしさが増幅しておりますから、月刊ソングスサイトからバックナンバーもまとめて購入いたしましょう。1冊500円ですから絶対に損はありません。
 詩集を出したい出版社は早い者勝ちですぞ。



« 前のページ次のページ »