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絶望書店主人推薦本
 
『戦前の少年犯罪』
戦前は小学生の人殺しや、少年の親殺し、動機の不可解な異常犯罪が続発していた。
なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!

『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代



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Archive for カテゴリー'メディア'

2009/10/20  フォーク・クルセダーズをひさしぶりに聴く

 あたしが歌で一番好きなのはじつはフォーク・クルセダーズでして、そのなかでも『戦争は知らない』が一番だったりします。
 寺山修司は総じてあたしにはぴんとこないのですが、この詩だけは展開力が凄まじい。曲も急き立てるが如き畳み掛けで展開力をいや増してる。
 『花はどこへ行った』のパクリでもやってみようかと軽くやってみたらなんだかどえらいもんが生まれ出てしまったというような、部分部分を見ればたいしたことないのに組み合わせの錬金術を感じます。創作秘話みたいなものを寺山やフォークルは語ってますでしょうか。明るく歌ってるのが却って泣けていいところです。
 これまで何十年間、作曲は加藤和彦だとばかり信じて疑わなかったのに、加藤ヒロシという人でまったく別人だったんですな。世の中は知らんことが多いわ。ザ・リンド&リンダースって『銀の鎖』のグループか。『夕陽よいそげ』って聴いたことがないな。
 これだけの歌ができるものなら戦争をやった甲斐もあったもんだと、あたしは真面目に想います。リリンの生み出した文化の極みとかも云いたくなります。

 カルメン・マキも『戦争は知らない』を歌ってるとは知りませんでした。ウェブはありがたいね。
 歌としては沁みるけど、フォークルみたいな展開力と切迫感はないな。

 ベタながら『何のために』もたまりません。日々、無意味な闘いのみに明け暮れているあたしは、想わず知らずついつい口の端にのぼっていたりします。

 『青年は荒野をめざす』が好きなんて恥ずかしくてこれまで誰にも云ったことがありません。五木寛之作詞の歌が好きなんて公言する日が訪れることになろうとは。

 こういう硬派のものばかりではなくて、『コブのない駱駝』とかもなんかいいんですよ。あのねのねみたいなのに、こういう曲だとなにやらとっても深いような気もしてくる。

 『花のかおりに』って反戦歌だったのか。云われてみれば、こっちのほうが『花はどこへ行った』に近いか。

 『オーブル街』みたいな不思議な歌もあった。

 『僕のそばにおいでよ』とか、ようするにフォークルならなんでもいいんですな。なんで笑ってるかよく判らない女の子たちの笑い声までいい。

 あたしの世代は『帰って来たヨッパライ』は聴かされ過ぎてうんざりしてて何十年も聴いてないのに懐かしくはなくて、『さすらいのヨッパライ』のほうがよかったりします。ちょうどあたしの世代が生まれる前はメロン並の超高級品だったのに輸入解禁されて怒濤の如く安くなったからと小学生までにバナナを死ぬほど口に詰め込まれて中学生からこっち、見るのも嫌で3本くらいしか食べたことがないのと同じです。って、これはあたしだけなのか。
 「ヘヴンの沙汰もマネー次第やでぇ。きばりやー」というのがたまりませんです。淀川さんの解説はどの作品に対しても的確なものだったのですな。

 『あの素晴しい愛をもう一度』はいろいろ上がってるけど、これに添えられてるレコードジャケットの裏書に載ってたという北山修の言葉もその後のことを知ってる我々としてはなかなか感慨深いものがあります。

 いまは『悲しくてやりきれない』があちこちで流れてるから外すつもりだったけど、あとあと自分が聴くためにこんなずらずら並べるようなことをしているのだから、やっぱり入れておこ。

 解散コンサートのライヴ盤なんてのが発掘されて出ていたなんてまったく知りませんでした。いろんなことがきっかけとなっていろいろ識ることになるな。
 坂崎幸之助と再結成とかやってたのは知ってたけど聴かないようにしてたから、そっちのほうと混同してたのかもしれん。売り切れてるけど、買えるようになったら聴いてみるか。

 

   


2007/12/17  10周年に逃げられた

 今年の12/1は絶望書店開店10周年だというのに、私が店をさぼって遊びほうけていたために絶子に逃げられてしまいまして、絶望しちゃったわ書店を開けなくなってしまいました。
 毎年恒例の行事を楽しみにしていただいていた奇特な方もいたみたいで、どうなっておるのかというメールをいただいたりもしたのですが、まことに恐縮です。
 売上げも落ち込む一方で愛想を盡かされるのもやむを得ません。
 いっきょに挽回すべく、前人未到の10周年記念正札10倍セールというのを開催する予定だったのですが、この人類世界経済史上誰もやったことのなき画期的な目論見がどうも最後のひと押しとなったようで、絶子はひとことも発せずに去ってゆきました。
 これもまた絶望書店10周年にふさわしき顛末であるかとも存じますが、これからもみなさま方のより一層のご愛顧を切に希う次第であります。


2007/11/14  ウェブ考察のためにもっとも重要な本

 いま出ている週刊文春で宮崎哲弥が『戦前の少年犯罪』のことを「画期的な少年犯罪本」というような感じで結構大きく取り上げてるのを見て、前回の戦後もっとも重要な本では一番肝心なことを書き落としていたと云うか、はっきり書いてなかったなと想って、くどいですが念押ししておきます。
 『戦前の少年犯罪』というのは少年犯罪の本ではないのです。
 このあたりのことは管賀江留郎氏もあとがきで明確に云っていますが、少年犯罪というのはたんなるひとつのサンプルとして取り上げているだけで、これは情報の流れ方、メディアというもののありかたを実証的に提示したものなんですな。
 管賀江留郎氏自身も自分は少年犯罪にまったく興味はないと云い切っているくらいで、これは少年犯罪に興味のない人こそ読むべき本です。

 なんか、この本の評価として、よくぞここまで調べたみたいなのが多いみたいなんですが、こんなのを調べるのは簡単なんです。あとがきに、中学生程度の学力があれば一ヶ月でできると書かれていますが、学者なりジャーナリストなりのプロなら半月でできるでしょう。できないならプロとは云えません。チームを組めば3日でなんとかなるでしょう。
 だいたい、戦前の東京朝日や読売はすでにパソコンで簡単に検索することができるようにデータベース化されているんですから。大学とか新聞社、テレビ局内なら無料でいくらでも使えるようになっているわけで。
 あの本ではこういう全国紙だけではなく数多くの地方紙の記事も集めていますし、また管賀江留郎氏は大学ともメディア企業とも無縁ですからこの手の記事データベースをいつでも気軽に使えるという立場ではないので多少の手間は掛かっていますが、それでもまあ大したことはない。
 数多くの記事を短いひとつの文章にまとめるのは大変な手間がかかっていて、少年犯罪データベースのデータ作成には多くの方々が参加してみなさん血反吐を吐きながら全員が脱落してゆきましたが、調べるだけならほいほい簡単に済みます。新聞なんかを読むだけなんですから。

 問題はこんなに簡単なことをこれまで誰もやらずに根拠のないデタラメ情報がえんえんと流れていたということで、これは既成の学者やテレビや新聞だけの問題ではないのです。なんせ、そこらの大学生だって、大学図書館に行けば戦前の記事データベースや戦前の裁判判例なんかは無料で好きなだけ検索できるようになっているんですから。戦後ももちろん。
 こういう基本的なことをやらずに、既成メディアが流している根拠のないデタラメ情報をそのまま受け取って根拠のないデタラメ考察を加えたりしてノイズを増幅する作用に加担している。既成メディアが流している情報を否定しているような人もこういう基本的なことをやらずに反対しているだけですから、イメージによる根拠のない情報を流すという点ではまったく同じです。
 結局のところ、おまえらはSONY以下なのか?で述べたような、ウェブ住民のメディアの結節点としての品質の問題に帰結するのです。
 たとえば、小飼弾氏みたいな人には、管賀江留郎氏もそういう点をこそ読み取ってもらいたかったんだろうなと想われます。
 まあ、たしかにたんなるサンプルのひとつとしては少年犯罪データは衝撃的過ぎて、それ以外の部分もおもしろ過ぎるという嫌いはあるのですが、おもしろさの部分はともかく少年犯罪データが衝撃的に感じるのはウェブ住民がこれまでまともな性能を発揮してこなかった証左でもありますので。
 本来ならウェブ上でデータベースを展開しているだけで充分だったはずなんですが、なんでわざわざ本になんかしないといけなかったのか、管賀江留郎氏はウェブの限界を感じてけっこう愚痴ってますので、ウェブ住民のみなさんはそのあたりのところを、ウェブメディアの部品のひとつとして読み取っていただければと想います。日本のウェブの問題点とはいったいなんであるのかと。
 これから書評もぼつぼつ出てくるでしょうけど、ここまで踏み込んだものがはたしてどれほどあるものやら。

 


2007/10/31  おまえらはSONY以下なのか?

 1年近くの懸案事項が一段落してウェブなんぞを見ていたら、ソニー、「Connect」ミュージックストアを閉鎖なんてニュースが目に入った。
 えらいあっさりやめるな、意地でもやり続けると思ってたのにとよく見てみたら、来年の3月以降か。あの失敗振りから考えれば十二分に気の長い話ではある。
 ひさしぶりにソニーへの興味が沸いていろいろ見て回ってたら、CNETにCONNECTプロジェクトがソニー復権の切り札にならなかったわけなんて背景解説記事が1年以上前に出ていたことに気づいた。この頃にはすでにソニーネタはお腹いっぱいであたしも飽きてて読んでなかったのだな。
 これを読むと、絶望書店日記の2005/11/24  Sonyを讃えよ!いや、まじに。で取り上げた2ちゃんスレ【特命】ソニーコネクトカンパニーを語ろう【匿名】の内部告発は極めて正確にすべてを余すことなく語っていたことがよく判る。
 問題はこれだけ正確な情報が事前に出ているのに、この点を掘り下げた記事がアメリカの記者が書いたものの翻訳しかないということだ。これはソフト開発の失敗の話ではなくて、その目も当てられない失敗作が誰にも留められることなく市場に出てしまったというより深刻な異常事態の話なので、市場に出すことに断固反対した米国ソニーではなく日本の問題であるはずなのにである。しかも、このCNETの記事なんかよりも遥かに本質を突いた現場の証言が半年以上前に出ているにもかかわらずである。
 これはスポンサー云々とかではなく、日本のジャーナリズムのレベルの低さを如実に顕しているとしか云いようがない。あのスレで告発した中の人を、本人でなくとも開発部隊の人はどうせ全員同じ不満を抱えていただろうから匿名ならいくらでもぶちまけてくれるだろうに、取材して記事にしようという者がどうしてひとりもいないのか。

 2ちゃんスレの告発のずっとあとに出た『技術空洞』ではCONNECT Playerの失敗についても大きく扱われているが通り一遍のことしか書かれてないし、最近出た『プレステ3はなぜ失敗したのか?』でもウォークマンの失敗について一章割いているのでそこだけ読んでみるとこのCNETの記事をまとめただけの代物で、どうせひとさまの記事をそのまままとめるだけなら2ちゃんスレの告発をまとめたほうが幾分かでも面白味も出ようというものだろうに識らなかったんだろうか。

 こういう既成の出版界の書き手にはすでになんの期待もしてないのでどうでもいいんだが、ウェブの世界でもあのスレをまとめているサイトはおろか、ブログで触れている者さえ10人もいないのではないか。これはいったいどういうことなのか。
これだけソニーの凋落が話題になっているというのに、ここまで高度な内容で驚くべき実態を暴いている内部告発に注目しないというのは、ウェブ住人のレベルの低さを如実に顕しているとしか云いようがない。
 開発の最中にあんな告発を中の人がしたのは、こんな莫迦げた開発はとっとと中止になってほしい、少なくとも世に出ることだけは留めてもらいたいという一縷の望みがあったんでしょう。あのスレがウェブ上で話題になっていれば、あるいは留められたかもしれんが、まったく識られることさえなかった。あそこまで克明に自分のいる世界の恥をさらすことに踏み切らざるを得なかった中の人の悲痛な想いを受け留められなかった。あそこまで克明に内部事情をさらすことはかなりの危険を伴う行動だと当然自覚していたのだろうが、ウェブはその決死の覚悟を見殺しにした。
 CNETの記事には多くの者がはてブを付けているのに、遥かに重大な2ちゃんスレにはひとりもブックマークをしていないというのは、アメリカさんの記事を翻訳しているだけでこと足れりとしている既成のメディアとなにもかわらんということだ。
 いや、べつに勇気ある中の人のために立ち上がれとか、正義のために真実を暴けとか云っているのではなくて、単純にこれだけおもしろい情報に喰い付いて増幅する作用がないのでは、メディアとして、情報の結節点のひとつとして、ウェブ住民のひとりひとりに根本的な欠陥があるのではないかと云っておるのだ。
 CONNECT Playerというのは素人がひと目見ただけで使い物にならないと判断できる明確な欠陥品で、とにもかくにも製品としてはきちんと動いて100万台以上売って<失敗作>と云われているプレステ3とはレベルの違う正眞正銘のゴミであって、まあソフト開発の失敗というのはありうるとしても、それを市場に出してわざわざ致命傷を自ら負ってさらに大変な修復作業に追われることを誰にも留められなかったというのはソニーが根本から腐り切っていることの証左ではあろうが、それを笑いものにしているウェブ住民ははたしてどれほどのものなのか。ソニー製品以上に品質に致命的欠陥があるのではないだろうか。

 CONNECT Playerというのはなかなか味わい深い名前で、情報の結節点のひとつとしてのウェブ住民のひとりひとりのことを指してもいいような命名ではあるが、ソニーのぶざまさ加減を嘲笑ってるような人は、ちょっとは我が身を省みて考えてみたほうがいいのはないかと想う。
 ウェブの新しい仕組みについて云々するのも結構だが、ひとりひとりのCONNECT Playerの嗅覚がやはり一番肝心な機能ではある。いや、マジな話、これからウェブ住人のことをCONNECT Playerと呼ぶことを提唱します。ひとりひとりがメディアであって、情報を増幅して流すための重要な部品であることを自覚するために。
 とりえず、あの告発スレはサルベージして、いつでも読めるように誰かしておいてくださいよ。あれほど重要な情報が埋もれていていいはずがないでしょうが。


2007/1/31  新聞やニュース番組の捏造のほうが反社会的で悪質

 「発掘!あるある大事典」が捏造をやってたなんてことで大騒ぎをしているそうなんですが、バラエティー番組なんてのは頑張ってるほうで、ニュース番組や新聞報道のねつ造のほうがはるかに蔓延していてはるかに悪質です。
 納豆やレタスを食べても害にはなりませんが、テレビニュースや新聞は深刻な害毒を広範囲に撒き散らしておりますし。
 
 日本の新聞やテレビニュースは、役所か企業の発表、あるいは海外の報道をそのまま持ってきているだけの内容で99%が占められていますから、原典情報にあたればいかにひどい捏造が行われているか、一目瞭然です。
 意図してねじ曲げているもの、記者の知識不足と理解力不足で意図せずねじ曲がっているもの、あるいはその両方が混在しているもの、いろいろありますが、まずすべてが捏造と云ってもいいくらいひどいものです。
 まともな理解力を有する者がきちんと検証すれば、日本の新聞やテレビニュースなどというのは、なんの能力もない人々が適当に書き散らしている便所の落書きに過ぎないことはすぐに判ります。
 
 とくに赦されないのが、子供の殺人被害がバブルの頃と比較しても急激に減少しているのにあたかも激増しているように喧伝し、社会に深刻な不安感を広めていることです。
 ダイエットデータの捏造などとはくらべものにならない、天をも恐れぬ所業です。金儲けをするためにここまで酷い不正を働いているのです。
 これほどの反社会的なメディアは早急につぶしてしまうべきです。不二家や雪印どころの話ではありません。
 しかし、情けないことにウェブ上の個人もそんな捏造データをそのまま受け取って広める一翼を担っていたりします。
 嬰児殺統計は犯罪白書に掲載されたこともあって他でも見たことはあるのですが、警察の原典情報にあたった小学生の殺人被害統計などはこの子どもの犯罪被害データーベースのもの以外にはまだひとつもないのではないでしょうか。
 またこのサイトの事件データを読むと、単なる数だけではなく質の面でも、昔は頻発していた子供に対する想像を絶する残虐な事件が最近はほとんどなくなってしまったことも判ります。
 このサイトのデータは無断で自由に活用していいということですので、このグラフをコピペしてすべてのウェブサイトに貼りつけるべきです。
 そして、新聞やテレビニュースの犯罪的な捏造を暴いて、このような反社会的なメディアを世の中から抹殺すべきです。一日でも早く。
 それが良識ある人間としての責務です。
 

子供の殺人被害統計グラフ

警察庁「犯罪統計書」による。事件発生の認知数のため検挙率の変動とは関係ない。
1975年の出生数190万人、2005年の出生数106万人。
小学生数は、1975年1036万人、2005年720万人、72年以降のピークは81年の1193万人
小学生数は70年代の3割減、80年代の4割減ですが、殺される小学生数は7割減、6割減と大幅に減少しています。
幼稚園生以下が殺される事件は8割も減っています。1960年代以前はさらに多くの幼児が殺されていました。



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