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絶望書店主人推薦本
 
『戦前の少年犯罪』
戦前は小学生の人殺しや、少年の親殺し、動機の不可解な異常犯罪が続発していた。
なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!

『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代



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Archive for カテゴリー'ウェブ'

2007/1/19  トラックバック消された

 前回の不二家は戦前のモラルを復活させたは、内田樹氏の「不二家」化する日本 というエントリーに昨日トラックバックを送ったんですが、半日で削除されてしまいました。
 物事を調べもせずに適当なことを書いてる学者さんに有益な情報を伝達したのに、そういうことをしてはいけなかったのか。
 戦前の不二家記事も、現在の不二家社員やそれに対する人々の反応も、ふたつともがあの論がいかに間違っているかを示し、さらにはあの論がいかに正しいかを裏打ちする強力な補強材料にもなるという、要するに最近よくある、どっちにでも読み取れる、いかに内容のない文章かを浮き彫りにするぴったりのトラックバックであることよとひとり悦に入っていたんですが。
 つーか、あのサイトのMovable Type迷惑トラックバックページからこっちに飛んで来てる人がいるがな。つまり、名前だけ見ていかがわしいと考えて迷惑トラックバックに移して、それから確認してやっぱりいかがわしいと考えて消されてしまったのか。

 こっちはトラックバックもコメントも受け付けてないので他人様のことをとやかく云えるような條理があるわけでもなく、手塚の擬音の時にパフパフ記事にトラックバックを送ろうとして失敗し、今回絶望書店日記はじまって以来最初のトラックバックに成功したと無邪氣に悦んでいたところだったから、ちょっぴり哀しかっただけなの。たんにそれだけ。
 もう、トラックバックなんか送りません。やっぱりへたれひきこもりで一生を過ごします。
 それがあたしのさだめらしい。


2007/1/4  携帯対応たい

 Mobile Eyeを導入して、絶望書店日記を携帯でも見れるようにしてみました。
 パソコンと同じURLにアクセスすれば自動的に振り分けられて閲覧できるはずですが、なにせあたしは携帯というものを持ったことがございませんので確認できませぬ。不具合がございましたら連絡いただけますと幸い。
 画像は表示されずにリンク先で見るようになっていて、また文中のリンクはすべて無効になっているはずです。
 Mobile Eyeの元々の仕様がそのようになっております。
 絶望書店日記は自己言及リンクが多いのでこれでは不便なような気もいたしますが、あたしはあんまり判ってない上に確認もできませんので、うかつに書き換えたりできませんです。やむをえん。
 
 ついでに、1/1〜1/5までの五日間、絶望書店では1万円以上ご注文いただくと3割引きとなるセールをやっておりますので、こちらもよろしく。


2006/10/12  WordPressくたびれた

 Movable Typeは商用利用すると金を払わないといけないんだそうで、絶望書店日記はこの規約にひっかかることもあるかしらんと想いましてWordPressを導入しました。WordPressのほうがインストールも簡単だしいいかと考えたのですが、あにはからんやえらいてこずって散々な目に遭いました。
 これから二度と使うこともない知識をいろいろ身に附けてしまいまして貧乏性の性分にはいかにももったいないし、同じ処で引っ掛かった方の役に立つこともあるかも知れませんから記しておきます。WordPressはたぶんこれから日本でも使用者は増えるんでしょう。

 WordPressのインストールは簡単です。Movable Typeはなんであんな面倒なのかと感じるほどあっという間に終わります。問題はここからでした。
 これまでの絶望書店日記をMovable Type形式に変えてからWordPressに付いてる機能でインポートさせようとしたのですが、これがうまくいかない。他にもインポートできないという人は結構多いみたいなんですが、なんでか放置されてるみたいです。
 しょうがないのでこちらのやり方を試してみるとうまく読み込みました。しかし、日付が全部「1970年1月1日」になってしまっている。いかにあたくしが大阪万博大好きでそこから一歩も人類の進歩と調和に踏み出していないとは云ってもこれではちと困る。
 なんせ、Movable Typeによって自動で書き出したファイルではなく、あたしが手作業でしこしこMT形式に変換したものですから、あたしがなんか間違えてるに違いない。いろいろやってみてもどうもよく判らん。これだけで半日潰れました。
 結論から云うと、元々の絶望書店日記には時刻表示なんかありませんから切りがいい時間として「00:00:00」にしておいたんですな。この時間を「00」以外の「10」でも「01」にでもするとうまく行きました。分や秒をどのように変えても時間が「00」や「0」では全部「1970年1月1日」になってしまいます。なんでい、あたしが悪かったんではないやんか。
 深夜の0時に日記を書いてる人は数多くいるからこれは困ると想うのだけど、問題になってないのは日本ではそれだけWordPressに乗り換えた人はいないということか。いまやWordPressのほうが圧倒的になってるらしい海外ではどうなってんだろ。あっちはあっちでMovable Typeから乗り換えたりはもうしてないのかも知れん。
 ひょっとしたら、やっぱりあたしだけの現象なのやも知れん。付属のインポート機能が使えないだけでも腑に落ちんし。たんにこのインポートソフトの問題なのか。

 やれやれやっとうまく行ったと想ったら、今度は個別記事の前と後に行くリンクがうまく表示されない。どうもよく判らん。
 インポートがやっぱりうまく行ってないのかと何度かテーブルを消してインストールしたり、WordPressそのものを新しいのに置き換えたりを繰り返しているうちに、なんか間違えて全部アスキーモードでFTPしてインストールしてしまいました。
 無茶苦茶になって文字化け化け。こんなのは全部消してしまってまた新しいのに置き換えてインストールしたらええやんとやってみたれども、消去しようが上書きしようがMySQLを初期化しようが文字化け化け。
 こんなことが1週間続きました。泣きたくなってきました。絶望書店は10/1から新生しようと考えてたのに、これではいつまでたっても転生しない生殺し。あたしがいったいなにをしたというのか。
 なんかいろいろやってるうちに、MySQLを違う文字コードで初期化すると文字化けしなくなりました。なんかよく判っておりません。なんせ、よかった。
 文字化けを克服すると前と後に行くリンクなんて些細なことに想えてきて、見切り発車で公開しました。

 しかし、不便なことには違いないのでいろいろやっているうちに、ようやく個別ページと日付別ページが違うものなのだということが呑み込めました。うーん、このへんをきちんと解説してくれてる処がないな。本の類は読んでないけど、そっちはあるのかな。
 1日にいくつもの記事を書いてる人には自明のことかも知れんが、普通の日記を書いてる者にはこういう基本的なことから話をはじめてくれんと理解できん。そもそも、日本のウェブ上では個別ページを表示させるsingle.phpについての解説はいっぱいあるけど、日付別ページを表示させるdate.phpについての言及がほとんどないやんか。これは並べて対比してくれんとなあ。
 あたしの場合はこれまでの絶望書店日記に合わせて「年/月/日/」だけのパーマリンクにしてたから日付別ページが表示されてたわけだ。例えば1日に10の記事があって、1ページに5つだけ表示する設定なら、次の5つを表示させるためのリンクが出るわけだ。
 しかし、すでにその日の全部の記事が表示されてるなら、どっちにしたって次の日へのリンクが出ないとおかしいはずなんだけど。このへんがオープンソースの弱いとこでまだ作り込まれてないということなのか。
 こんな不便なのに海外ではWordPressが圧倒してるのは、たんに最初からタダだったからだけなんすかね。海外ではパーマリンクにタイトルを入れるからこんな処で引っ掛からないのかも知れん。日本語タイトルではうまくリンクにならないし。
 それとも、カレンダーを表示させるのが当たり前だからこんな仕様になってるんでしょうか。
 あれっ、Movable Typeではどうだっけ。なんか根本的に理解してないな、あたくしが。
 
 パーマリンクを「年/月/日/記事ナンバー.htm」にしたら個別ページが表示されて、前後へのリンクも無事出ました。
 絶望書店日記は日記内での自己言及リンクがやたら多くて記事ナンバー入りのURLにするとリンクの張り替えが面倒だからやりたくなかったんですが致し方ない。
 最後の.htmはおまじないみたいなもんですけど、これがないとどうにも落ち着かない。あたしの頭もずいぶん古いということなのやも知れません。どうも動的ページというのは慣れんな。

 てなことでようやく人並みにブログ導入が完了いたしました。
 ひとつひとつ見ていくと、あたしのやってることがえらい特殊で、しかもよく判ってないだけで、こんなとこで引っ掛かる方はあんまりいないような気もいたしますが、まあ広い世の中にはひとりやふたり同じ現象で悩んでいる人もいるでしょうから、恥を晒しておきます。
 なんにせよ、くたびれた。Movable Typeでは、こういうくたびれ方はなかったな。

 
   


2006/10/6  絶望書店日記ふたたび

 場を異にして、絶望書店日記をおもむろに再開する。皆々様方の変わらぬご愛顧を乞う次第。
 先日、吉田玉男さんが亡くなった時に当方の駄文へとやたらと大勢の方がやってきて、どうにも申し訳ない心持ちとともに、吉田玉男での検索結果のえらい上の方に絶望書店日記が出てくることに気づいたのだけれど、これも皆様方がさまざまなる思惑の許で絶望書店日記に縁を繋いでいただいている賜で、場を変転したのちに変わらぬ地位を保てるか否かも皆様方の力ただそれのみに掛かっているのであって、皆様方の責任は重大であります。うかうかしてはおられませぬぞ。
 
 WordPressを導入したのにも関わらずコメントもトラックバックも受け付けないという、相変わらずの引き籠もりへたれモードでご機嫌を伺うという算段になります。
 WordPressには想いのほか手こずって、個別記事の前と後ろに行くナビが結局どうしてもうまくいかん。もう匙を投げましたので見切り発車いたします。不具合解消の方策をお持ちの方はご教示いただけると幸いと、コメント欄を閉鎖したまま人には存分に頼ります。
 他にもいろいろと不具合はございますが、徐々に糊塗していく所存でございます。
 なにはともあれ、なんとかなるでしょう。よろしく。


2005/8/18  ウェブの夜明けは近い

 『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』が図書館にあったので読んでみた。
 なんだか、レイアウトも文章もえらい読みづらいな。内容的にもよう判らん。
 ブログ騒動の前にウェブログについて識っていた人2千人というのはどういう意味なんだろうか。ホットワイヤードなんかの一連のブログ関係記事を読んでた人だけでももっといると想うが、ただ読んでただけで本質は掴んでなかったということなのか、だいたいブログとは何であるのか、定義なんかないと云ってるのかあると云ってるのかさえ判らない。
 ほかの章も回りくどい文章で妙なところで説明が切られるのであたしにはさっぱり読み取れない。
 e-zineとかゆうのもよう判らん。紙の雑誌から移ってきたり模したりしたサイトがウェブ初期にあっということを1行だけ記すのは歴史的に意味があるのかもしれんが、どうもそれ以上の意義があったと云ってるらしい。それがなんであるのかこの書ではあたしは読み取れんし、当時を想い返してもあったような気はしない。
 あのころはやたらと詰まらん横文字を使う田舍臭いサイトがいっぱいあったなと考えながら、リストを見ると見事に詰まらん横文字タイトルのサイトがずらりと並んでいて、やっぱりそうだったか、そう云えば当時すでに雑誌なんてもんは死んでたなあなどとぼんやり想うくらいのもんだ。
 この書についてウェブ上を見て回ると、べつにツッコミを入れるわけでもなく、せいぜいあのサイトが取り上げられてないとかそんなことで、妙に賞贊の言葉が並んでいて、いやに気色悪いな。

 まあ、これまでの歴史はウェブはまだはじまっていない前史で、サイトとしては絶望書店くらいしか見るものがなかったことを再認識するにはいいのかもしれん。
 絶望書店以外に語るべき意義があったのは1ch.tvだけで、あたしがこの書を手に取ったのもひょっとすると言及があるかもと想ったからなんだが、通り一遍の説明があるだけだった。
 あれこそ究極の個人サイトとも云うべき存在で、この書でまっさきに取り上げるべきもんだと想うのだが。まあ、こんな書ではともかく、誰かふさわしい人がきっちり取材して記録を残しておいてもらいたい。あたしには未だに謎が多過ぎる。
 西さんをたぶらかしてアスキーバブル経営の象徴・航空事業をぶち上げた石村氏が、提携企業社長として1ch.tv立ち上げの記者会見席に並んで登場し、いや〜これは役者がそろってますます盛り上がるなあと想ってたら、石村氏と西さんの因縁に触れる者がただの1人もおらず、元アスキーと称する輩が多数出没していた1chスレにはこんなアスキーの基本さえ判ってる者がいないのかと唖然としたもんだが、1chの不幸はウォッチャーに恵まれずにただドタバタ騒動を悦んでいただけで、本質的な解読がまったくなされなかったことだ。
 これからいよいよウェブの歴史がほんとうにはじまろうとしているいま、ウェブのすべてが詰まっていたと云っていい1ch.tvを読み解いておくことは、これからの歴史を拓くうえで貴重なる示唆を得ることができるはずなのだが。

 ちょうどこの書を読み始めたときにWikiについてお勉強していて、こちらのページに辿り着いて、あのブログ騒動の連中が「嫌だったのは、露骨に「徒党を組む」感覚が閉鎖的だったところ」というのを見てびっくりしました。
 どう見ても、連中は少数でちまちまやってただけで、叩いてたほうが村社会を守るために徒党を組んでたんでしょうが。はたまた、協会なんていうどうでもいいところに反応するというのは、あたしが<鏡>と云ったのはやはり正解だったのか。
 いや、連中はブログを盛り上げてなんとか儲けようと無い頭を絞って協会なんかをでっちあげただけで全体を仕切る気なんかなかったことは組織の態をなしていなかったことでも判るから、鏡でもないか。反対に「もっとちゃんと徒党を組め」とかいう批判ならまだしも判るんだが。
 2002/11/14 それでしっぽを廻してるつもりか?!は<釣り>だと受け取った方もいたようですが、とんでもないことでして、叩いてる連中の露骨に「徒党を組む」感覚が閉鎖的だったところがあまりに気色悪かったので生理的嫌惡感を想わず示したもので、絶望書店日記にしては珍しくナマの感情が垣間見えてます。

 さて、過去はこのへんにして未来のことも記しておきますが、少年犯罪データベースはてなをやってみて、ブログでこれだけのデータを提示するのはやはりかなり無理があるなと痛感しました。
 さらに少年犯罪データベースWikiでWiki でもうまくいかないと痛感しました。「ブログはフロー、Wikiはストック」なんてことがほんとなら、もうちょっとなんとかしてほしいところ。もっとも、これはライブドアWikiの性能が低いことや、あたしのWiki能力が低いことも大きいんでしょう。もし、自分ならもっとうまくWikiを操れるという方がいらっしゃいましたら、データを持っていってご自由に構築していただければ幸い。
 あたしのほうは根本的に新しいやり方がなにか必要であると考えます。
 最近では Web 2.0なんてことが取り沙汰されるようですが、抽象的な議論をするより、少年犯罪データベースのデータを的確に提示できる仕組みを工夫したほうがWeb2.0で云われていることはすべて解決できるし早道であると愚考いたします。具体的目標があるほうが思考は楽になるというもの。
 とりあえず、地図上からの事件検索と、その日のニュース記事を持ってきて過去の関連事件の一覧と一緒に表示するとか、そんなところから始めんといかんか。面倒だからどなたかやってくれませんかね。少年犯罪データベースはGoogle八分絶賛継続中ですから、できればグーグル以外のサービスと結びつけていただけると幸い。
 呼びかけてもあんまりやってくれる人もいないから、結局はあたしが無い頭を絞りながらやることになるか。データ完成のほうが優先されるからなかなか手が回らないので困っております。もっとちゃんと徒党を組まんといかんなあ。

 少年犯罪データベース@multiflatなんて試みをされてる方はおります。また、現在のブログが使いにくいと考えていろいろ改良を施そうとされている方はいるみたいで、来年くらいにはウェブの真の歴史がはじまるでしょう。その頃には少年犯罪データベースも完成して、器にふさわしい中身も臨戦態勢になってるでしょうし。
 たんなる提示の仕方だけではなく、少年犯罪データベースをいかに多くの人に届けるかという仕組みづくりも、じつはネットジャーナリズムシステム構築の早道ではないかと愚考しております。具体的目標があるほうが思考は楽になるというもの。

 そう云えば、未映子があの伝説の音楽評論家・市川哲史とポッドキャスティングなんかやってるけど、なんと肝腎の音楽がまったくない。
 まあ、日本のメジャーレコード会社としてはこれがいまのところの限界か。しかし、状況は早晩変わらざる得ないでしょう。
 もろもろ考え合わせてみると、ウェブの夜明けは近いですよ。



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