2001/7/9 武器なき海
「陸海空」の棚に並べていた『武器なき海』(昭36年 海上の友編集部・編)という本が売れて、しばらくして購入された女性からお礼のメールが届きました。
この本には、魚雷攻撃で船と共に南洋に沈み戦死された船員の父君の最後が書かれてあるとのことでした。父君の貌も知らないこの方と、まだ母君のお腹の中にいた妹さんにとっては、亡き父君を偲ぶことのできる唯一の手記であると。
この本が阪神大震災で行方不明になり辛い思いをして居りましたところ貴店で発見し、おかげさまで手にすることが出来ましたという、じつに丁寧なる文面でありました。
このメールを受け取り、出鱈目の限りを尽くしてきた絶望書店主人もさすがに身の引き締まる想いがしたのでございます。
一般の船員の方の避ける術もなき困難が軍人に倍するものがあることは、当方のような者が少し考えただけでも容易に想い至ります。徴用されると否応なく戦地に駆り立てられ、軍艦とは違ってほとんど丸腰の船でまともな護衛さえなく、しかも米潜水艦の攻撃目標は輸送船のほうなんですからたまったものではございません。
『武器なき海』によると陸軍20%、海軍16%の損耗率に対して船員の死亡率は倍以上の43%に達したとのことです。
とくに陸海軍に直接徴用されたものではない一般物資輸送船の乗務員が軍属となり論功行賞の栄誉や遺族に対する援護の道が開けたのは昭和18年以降(一般船員が官吏待遇になったのは昭和19年7月以降)ということです。もっとも、これも名目上のことで、戦場に於いても銃後の遺族のあつかいに於いても、軍人の場合とはまったく違っていたようです。
残されし御遺族の御苦労は想像を絶するものがございます。
メールをいただいてから図書館で今一度この本を読んでみたのですが、同じ船の船員で20日の漂流ののちに奇蹟的に生還された方の手記に、この姉妹の父君であろう方のなんとか沈みゆく船を立て直さんとす奮戦ぶりがわずか数行記されておりました。
この数行だけが残されし姉妹と父君とを結ぶ絆となっているわけでして、あらためて本というものの存在の不思議さを想い識らされたわけです。
殊に当店のものはカバーも破れてぼろぼろの状態で、絶望書店でなければまず処分していたであろう本でしたからなおさらのことです。ぼろぼろの姿になりながらも何故か40年の歳月を生き抜いたこの本は、もっとも相応しい処に落ち着き、父と娘だけでなく多くの人々の魂を繋ぐことができたのでした。
昨今の本についての浅ましき議論は、本とは人と人とを結びつけるものであるという一番肝心のことを忘れている亡者の群のたんなる損得勘定へと墮しております。本とは、何よりもまず<メディア>なのです。
大切なものを人々に届けんとして敵潜水艦の待ち構える渺々たる海原を果敢に突き進み散っていった船員たちのことも、本に携わるすべての諸氏はたまには想い泛かべてみればいかがなものでしょうか。
絶望書店日記 