2005/3/3 おいっ!マタンゴのあいつは堤義明だってよ
日本映画専門チャンネルで、樋口真嗣が東宝特撮映画を語る特番をやってて、『マタンゴ』の暗黒面どろどろの登場人物たちは当時、六本木で派手に遊んでたグループが気に入らなくてそのまんまモデルとして使ってやったと本多猪四郎監督から直接聴いたとかいう話をしてた。
ワイルド派でちょっと病的な作家が大薮春彦、いかにも良識派のようで結局ひとりだけ逃げ出してしまうヨットマンが堀江謙一、そして、金の力がなくなるとなんにもできなくなる一番情けない土屋嘉男の青年実業家が西武の堤義明なんだと。
健全路線の本多猪四郎にあんな暗黒傑作映画を撮らせるまでの巨大なる負エネルギーを注ぎ込んだのが堤義明だったとは、国土を荒廃させた堤一族唯一最大の功績だな。金の力をバックとした堤義明の鼻持ちならなさには、『ゴジラ』を産み出すだけのエネルギーを監督に与えた戦火による国土の荒廃とビキニの水爆に匹敵する威力があったわけだ。
こんな時局ネタとヲタク話が交差する面白げな話がウェブ上でまったく出てきてないのはどういうことよ。
これほどおいしい話が沙魚川無腸女史のページにさえないやんか。
まったく、ウェブの面々は同じようなくだらない話をぐるぐる廻しているだけで、こういう肝腎なことは取り揃えておらんな。それでいて、もうなんだかウェブは成熟し切ったかのような達観したようなことを云ったりもするからタチが悪い。
あの毒キノコはとか、天本英世がやってたあの怪物はとかいくらでも膨らませようはあるだろうに。撮影に使ったキノコは餅に食紅塗ったものでずいぶんとうまかったらしいけど、とくに土屋嘉男は特別の注文を出して砂糖をまぶしてたらしいし。
ほんとに唯一、3年前の2ちゃんねるの書き込みにひとつあるだけ。ここでは作家が石原慎太郎ということになってるけど、どちらも捨てがたいな。
『マタンゴ』は1963年の封切りで、制作していた前年はちょうど堤義明が苗場スキー場と苗場プリンスホテルで一発当てた28歳の頃か。
まだ六本木野獣会とかあった時代だけど、どんな面子とつるんでいたのか、水野久美のモデルが誰なのか、誰かきっちり裏を取ってウェブに上げといてよ。よろしく頼みます。
キャライメージ的には義明よりも清二のほうがはまるところもあるので、本多監督か樋口真嗣が兄弟を取り違えてるような一抹の不安は残る。
絶望書店日記 