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『戦前の少年犯罪』
戦前は小学生の人殺しや、少年の親殺し、動機の不可解な異常犯罪が続発していた。
なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!

『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代



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2002/12/21  戦闘美少女・お園

 近頃の国立劇場は南北の『霊験亀山鉾』のきちんとした復活やら、鴈治郎が七役務める上方演出の『忠臣蔵』やら珍しいものをいろいろやっていて、ひさしぶりに続けて歌舞伎を観ております。今月は35年振りの通しとかいうことで『彦山権現誓助剣』を観る。

 主役のお園は力士にも勝る怪力で剣の達人でもあって、男が幾人束になって掛かってきても簡単に薙ぎ倒してしまいます。
 ヲタク文化の本道である文楽や歌舞伎にはこの手の男より強い闘う美少女はよく出てきて<女武道>と呼ばれるんですが、なかでもお園はくさり鎌を遣うところがポイント高し。美少女がくさり鎌をびゅんびゅん振り廻す姿に共振してしまう云い知れぬこの胸の高鳴りはいったい何だ?!あなたは銀のくさり鎌で、私の心をクルクル廻す。
 白鳥のジュンやスケ番刑事がなにゆえヨーヨーを遣うかなんて考察はあるのでしょうか。鎖には何かしら人を魅惑する力があるのでしょうか。妖しくも不定形で艶めかしくも曲線の軌跡を描くところでしょうか。なにものかとなにものかを強く結びつけるところでしょうか。しかし、ヨーヨーよりもくさり鎌のほうがヒロインの武器としては萌え度が高いな。くさり鎌を遣う美少女キャラなんてほかにいましたかな。

 お園はまた、正統派萌えキャラとしてもきちんと造形されているところがほかの<女武道>とは少し違う。
 父のかたきを探すために夜鷹になったり男姿になったりして諸国を旅しているのですが、毛谷村の六助を家来を殺した下手人と間違えて斬り掛かる。しかし、その六助が父の定めしまだ貌も見ぬ許婚と知れるや、いきなりしおらしくなって「コレイナア、お前の女房は私ぢゃぞえ。サアサア女房ぢゃ女房ぢゃ」と可愛らしく迫る。六助も宮本武蔵がモデルとかいう立派な剣豪なんですが、まったく識らない女、それもさっきまで斬り掛かってきた女が出し抜けに女房だのなんだの云い出すのでびびってたじたじとなる。そんなことにはお構いなしに、お園はいままでの男姿から一変して姉さんかぶりなんかして勝手に台所に上がり込んで甲斐甲斐しくご飯の支度をはじめる。火吹筒と尺八を間違えて吹いたり、鍋を焦がしたりとドジっ娘ぶりもお約束どおりに披露する。
 ヲタク文化の本道である文楽や歌舞伎には萌え萌えの美少女キャラは当然いくらも出てくるのですが、戦闘美少女と萌え萌え美少女をここまで狙って一体にしたキャラはなかなかほかにはないような気がします。いまのヲタク作品でもここまで狙ってるものはあるのか?なんせ、家来のかたきと首を取ろうとしていたのに許嫁と判ると「家来の一人や二人、どうなとしたがよいわいな」とはにかみながら臼をひょいと持ち上げて男をぎょっとさせたり、文楽だと抱いていた幼い甥っ子を下に落っことしたり、あげくに鴨居を持ち上げたりもするんですぞ。

 <女武道>は美少女なんて申しましたが、ほんとは年増(と云っても25歳くらい)の美女がほとんどで、母として子を想う気持ちが強さの源泉というのがお園以前の一般的な形象です。お園は生娘で、その処女力が強さの祕密となっているらしいのが画期的。夜鷹をやってるのに何故か生娘。むしろ反対に、生娘が売りのキャラだからこそわざわざ夜鷹コスプレをさせて趣向を凝らせているわけでしょうが。
 これは<女武道>の変化というより、お姫様キャラの系譜と考えたほうが合っている。ヲタク文化の本道である文楽や歌舞伎では可愛らしいお姫様もいざとなると剣を抜いて闘うこともあるわけですが、いよいよ追いつめられると『本朝廿四孝』の八重垣姫が霊狐の狐火に導かれて湖水を渡ったりするように神秘の力を発揮したりします。神秘の源は生娘としての処女力と云うか、生娘として好いた男を一途に想い抜く乙女力です。
 お園は神秘の力の代わりに戦闘能力がとんでもなくアップしているわけで、つまり魔女っ子から戦闘美少女に進化しているわけです。神秘の力より怪力や戦闘能力を備えているほうが萌え度が上がることに明確に気づいて、お姫様キャラと<女武道>を合体させているわけです。天明6年(1786)の『彦山権現誓助剣』によって、日本のヲタク文化は一段階ステップを上がったと云っていいでしょう。萌えを変えた女・お園。
 お園も貌も識らない許嫁を一途に想って二十歳を過ぎるまで生娘を通していることが力の源らしく、「ひねた(古びた)生娘」とか云われてしまったりもしますが、いろいろ折衷的な過渡期だということです。妹のお菊は特に強くもなく病弱だったりするのですが、幼い我が子を守るためにラスボスの京極内匠と互角に戦い、しかし最後は無慘に殺されてしまいます。かなり意識してこういう対比をやって、従来の<女武道>やお姫様からの変化をもたらそうとしているのでしょう。
 これ以降は南北が登場することもあって、平気で男を騙したり殺したりしてしかも美しく色っぽいという悪女が出てきます。これまでは悪役の女は見るからにごつい立役(男役)が扮することが普通だったのですが、美貌のトップ女形が悪女をやるようになるわけで、いろいろギャップがあったほうが却って可愛くなって萌え度が上がることに気づくようになったのですな。果ては桜姫のような何とも説明のしがたいへんてこりんでしかも萌え萌えの不思議キャラに行き着くわけです。
 折口信夫は<女武道>から変化して<悪婆>(年寄りじゃなくて若い悪女のことをこう云うのです)になったと論じておりますが、間にお園という画期的な段階を経ていて、しかも<女武道>というよりはお姫様や娘役の進化と捉えることがキャラ史を解明する上で重要であるとあたしくは想っています。

 『彦山権現誓助剣』は近松半二が死んでから3年後の文楽作品で、もう文楽が崩壊して歌舞伎の影響をそのまま受けたバロック調でパロディくさい趣向狙いだらけの作劇となっております。
 あらすじはこちらのページが詳しいので読んでいただきたいのですが、物語の背景もじつに大風呂敷でヲタク作品の王道ですな。週刊連載まんがみたいなもんで、全体の整合性なんか無視してその場その場がいかに盛り上がるかとキャラ萌えだけに徹しております。
 文楽というのは出鱈目やり放題の歌舞伎とは違って全体の筋を通そうとするものなんですが、もうかなり支離滅裂になっている。しかし、それでも文楽の血がそうさせるのか、完全に破綻することはなく最後は綺麗にまとまっておりますな。
 まんがやアニメなんかもネタ切れで行き詰まっているのなら、こんな浄瑠璃をそのまま作品化したらいかがなもんでしょうか。正月に大阪の文楽劇場で雪責めをやる『中将姫』とか、いい浄瑠璃はいくらもあります。歌舞伎はあまりに出鱈目すぎてそのままでは苦しいでしょうが、文楽なら現代のヲタク作品としてなんの加工もなしに通用しますよ。
 とにかく、ヲタク文化を語る者が、とくに萌えキャラとは何かなんて説く者が『彦山権現誓助剣』のお園さえ識らぬというのはあまりにも情けなさ過ぎる。26日までやってるしチケットはまだ手に入るだろうから観ておきなさいよ。ほんとは文楽で観るほうがよいのだが、今月の歌舞伎の舞台はいろんな意味で観ておいてのちのち損はないだろう。

2002/12/25 キャラ萌え至上主義も参照のこと。