いま出ている週刊文春で宮崎哲弥が『戦前の少年犯罪』のことを「画期的な少年犯罪本」というような感じで結構大きく取り上げてるのを見て、前回の戦後もっとも重要な本では一番肝心なことを書き落としていたと云うか、はっきり書いてなかったなと想って、くどいですが念押ししておきます。
『戦前の少年犯罪』というのは少年犯罪の本ではないのです。
このあたりのことは管賀江留郎氏もあとがきで明確に云っていますが、少年犯罪というのはたんなるひとつのサンプルとして取り上げているだけで、これは情報の流れ方、メディアというもののありかたを実証的に提示したものなんですな。
管賀江留郎氏自身も自分は少年犯罪にまったく興味はないと云い切っているくらいで、これは少年犯罪に興味のない人こそ読むべき本です。
なんか、この本の評価として、よくぞここまで調べたみたいなのが多いみたいなんですが、こんなのを調べるのは簡単なんです。あとがきに、中学生程度の学力があれば一ヶ月でできると書かれていますが、学者なりジャーナリストなりのプロなら半月でできるでしょう。できないならプロとは云えません。チームを組めば3日でなんとかなるでしょう。
だいたい、戦前の東京朝日や読売はすでにパソコンで簡単に検索することができるようにデータベース化されているんですから。大学とか新聞社、テレビ局内なら無料でいくらでも使えるようになっているわけで。
あの本ではこういう全国紙だけではなく数多くの地方紙の記事も集めていますし、また管賀江留郎氏は大学ともメディア企業とも無縁ですからこの手の記事データベースをいつでも気軽に使えるという立場ではないので多少の手間は掛かっていますが、それでもまあ大したことはない。
数多くの記事を短いひとつの文章にまとめるのは大変な手間がかかっていて、少年犯罪データベースのデータ作成には多くの方々が参加してみなさん血反吐を吐きながら全員が脱落してゆきましたが、調べるだけならほいほい簡単に済みます。新聞なんかを読むだけなんですから。
問題はこんなに簡単なことをこれまで誰もやらずに根拠のないデタラメ情報がえんえんと流れていたということで、これは既成の学者やテレビや新聞だけの問題ではないのです。なんせ、そこらの大学生だって、大学図書館に行けば戦前の記事データベースや戦前の裁判判例なんかは無料で好きなだけ検索できるようになっているんですから。戦後ももちろん。
こういう基本的なことをやらずに、既成メディアが流している根拠のないデタラメ情報をそのまま受け取って根拠のないデタラメ考察を加えたりしてノイズを増幅する作用に加担している。既成メディアが流している情報を否定しているような人もこういう基本的なことをやらずに反対しているだけですから、イメージによる根拠のない情報を流すという点ではまったく同じです。
結局のところ、おまえらはSONY以下なのか?で述べたような、ウェブ住民のメディアの結節点としての品質の問題に帰結するのです。
たとえば、小飼弾氏みたいな人には、管賀江留郎氏もそういう点をこそ読み取ってもらいたかったんだろうなと想われます。
まあ、たしかにたんなるサンプルのひとつとしては少年犯罪データは衝撃的過ぎて、それ以外の部分もおもしろ過ぎるという嫌いはあるのですが、おもしろさの部分はともかく少年犯罪データが衝撃的に感じるのはウェブ住民がこれまでまともな性能を発揮してこなかった証左でもありますので。
本来ならウェブ上でデータベースを展開しているだけで充分だったはずなんですが、なんでわざわざ本になんかしないといけなかったのか、管賀江留郎氏はウェブの限界を感じてけっこう愚痴ってますので、ウェブ住民のみなさんはそのあたりのところを、ウェブメディアの部品のひとつとして読み取っていただければと想います。日本のウェブの問題点とはいったいなんであるのかと。
これから書評もぼつぼつ出てくるでしょうけど、ここまで踏み込んだものがはたしてどれほどあるものやら。
少年犯罪データベースのkangaeru2001氏が管賀江留郎と名前を変えまして、『戦前の少年犯罪』という本を出されました。
戦前はいまよりも遥かに異常で理解不能な少年犯罪が続発していたことがよく判りますが、そのほかにも戦前の時代というものがよく判るようになってますので、少年犯罪に興味のない方でもおもしろく読めるのではないかと想います。
たとえば、二・二六事件のリーダー磯部浅一の特異な人間性から、二・二六事件はニート犯罪であることを喝破しております。絶望書店日記の私の大義を否定してッ!!などをおもしろく読まれたような方はぜひにも読むべきであるかと。二・二六事件の大義とはなんであったのか、あるいは大義なんてものは誰かからあたえられるものではなく、またそもそも天下国家を良くしたいなんてことではなくて、己のやむにやまれぬ欲求を肥大化させてより大きなものへと投影したものだと理解できるはずです。
三島由紀夫の理想とした、己の精神のみによって己が拠って立つ世界全体のほうを構築してしまうような、磯部浅一のニートとしての頭でっかちの偉大さが顕されています。唯識なんてものよりももっと遥かに積極的な、こちらから打って出て組み替えてしまう、支配し征服する力としての世界認識です。しかも見事に失敗してしまうから、よりいっそうに世界と己が実感できてしまう。
己の構築した物語のなかに入り込んで一緒に滅ぶという、物語創造欲に取り憑かれた芸術家の究極の理想形態がここに現出するわけです。
旧制高校生の話なんかもおもしろいでしょう。ちょうど中曽根康弘元首相なんかが旧制高校生だったころに、最近の学生は教養がなく知能が低下していると嘆かれてたわけです。ここまでまとまった形で旧制高校生の低脳極悪ぶりを暴いた本はこれまでなかったのでないかと想います。いままでいかにバーチャルな現実と幻想を混同するような旧制高校生像が流布していたのか、驚くべき内容です。教養とはなんぞやということを考えるためには必読です。
戦前のひどさだけではなく、あの時代の自由奔放さも如実に判るようになっています。
管賀江留郎氏も云っているように、不思議なことにこれまで誰ひとりとしてこんな基本的なことを調べようともせずに、なんの根拠もなく日本について論じていたわけです。戦後に数多く出された日本論のたぐいはすべて空想と現実を混同した贋物だったわけです。
そうなると、はじめて確かな根拠を示したこの『戦前の少年犯罪』という本は、戦後もっとも重要な本と云っても過言ではないということです。いや、戦後唯一重要な書であると云うべきでしょう。戦前について明らかにしたことではなく、戦後の、そして現在の言論界の低レベルぶり、根本的な教養の欠如を明らかにしたことにおいて、そうであるのです。
現在の知的退廃について漠然と感じているような人も、ここまでの実証的データによって裏付けされていないのなら、それは検証を経ていないたんなるイメージに捕らわれているだけなのは同じことで、結局は知的怠惰集団の一員に過ぎないのです。自分は判っているように感じている読者にも、その知的姿勢を鋭く質す恐るべき本なのです。
これは戦前の書ではなく、現代の問題点を浮き彫りにしたまさしく現代の書であります。現代においてこそ読まれるべき書であります。
みなさま方もぜひ一読されんことを、この絶望書店主人からも強く推奨いたします。
『戦前の少年犯罪』 管賀江留郎・著
昭和2年、小学校で9歳の女の子が同級生殺害
昭和14年、14歳が幼女2人を殺してから死体レイプ
昭和17年、18歳が9人連続殺人
親殺し、祖父母殺しも続発!
現代より遥かに凶悪で不可解な心の闇を抱える、
恐るべき子どもたちの犯罪目録!
なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?
発掘された膨大な実証データによって
戦前の道徳崩壊の凄まじさがいま明らかにされる!
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに
妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!
目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代
1年近くの懸案事項が一段落してウェブなんぞを見ていたら、ソニー、「Connect」ミュージックストアを閉鎖なんてニュースが目に入った。
えらいあっさりやめるな、意地でもやり続けると思ってたのにとよく見てみたら、来年の3月以降か。あの失敗振りから考えれば十二分に気の長い話ではある。
ひさしぶりにソニーへの興味が沸いていろいろ見て回ってたら、CNETにCONNECTプロジェクトがソニー復権の切り札にならなかったわけなんて背景解説記事が1年以上前に出ていたことに気づいた。この頃にはすでにソニーネタはお腹いっぱいであたしも飽きてて読んでなかったのだな。
これを読むと、絶望書店日記の2005/11/24 Sonyを讃えよ!いや、まじに。で取り上げた2ちゃんスレ【特命】ソニーコネクトカンパニーを語ろう【匿名】の内部告発は極めて正確にすべてを余すことなく語っていたことがよく判る。
問題はこれだけ正確な情報が事前に出ているのに、この点を掘り下げた記事がアメリカの記者が書いたものの翻訳しかないということだ。これはソフト開発の失敗の話ではなくて、その目も当てられない失敗作が誰にも留められることなく市場に出てしまったというより深刻な異常事態の話なので、市場に出すことに断固反対した米国ソニーではなく日本の問題であるはずなのにである。しかも、このCNETの記事なんかよりも遥かに本質を突いた現場の証言が半年以上前に出ているにもかかわらずである。
これはスポンサー云々とかではなく、日本のジャーナリズムのレベルの低さを如実に顕しているとしか云いようがない。あのスレで告発した中の人を、本人でなくとも開発部隊の人はどうせ全員同じ不満を抱えていただろうから匿名ならいくらでもぶちまけてくれるだろうに、取材して記事にしようという者がどうしてひとりもいないのか。
2ちゃんスレの告発のずっとあとに出た『技術空洞』ではCONNECT Playerの失敗についても大きく扱われているが通り一遍のことしか書かれてないし、最近出た『プレステ3はなぜ失敗したのか?』でもウォークマンの失敗について一章割いているのでそこだけ読んでみるとこのCNETの記事をまとめただけの代物で、どうせひとさまの記事をそのまままとめるだけなら2ちゃんスレの告発をまとめたほうが幾分かでも面白味も出ようというものだろうに識らなかったんだろうか。
こういう既成の出版界の書き手にはすでになんの期待もしてないのでどうでもいいんだが、ウェブの世界でもあのスレをまとめているサイトはおろか、ブログで触れている者さえ10人もいないのではないか。これはいったいどういうことなのか。
これだけソニーの凋落が話題になっているというのに、ここまで高度な内容で驚くべき実態を暴いている内部告発に注目しないというのは、ウェブ住人のレベルの低さを如実に顕しているとしか云いようがない。
開発の最中にあんな告発を中の人がしたのは、こんな莫迦げた開発はとっとと中止になってほしい、少なくとも世に出ることだけは留めてもらいたいという一縷の望みがあったんでしょう。あのスレがウェブ上で話題になっていれば、あるいは留められたかもしれんが、まったく識られることさえなかった。あそこまで克明に自分のいる世界の恥をさらすことに踏み切らざるを得なかった中の人の悲痛な想いを受け留められなかった。あそこまで克明に内部事情をさらすことはかなりの危険を伴う行動だと当然自覚していたのだろうが、ウェブはその決死の覚悟を見殺しにした。
CNETの記事には多くの者がはてブを付けているのに、遥かに重大な2ちゃんスレにはひとりもブックマークをしていないというのは、アメリカさんの記事を翻訳しているだけでこと足れりとしている既成のメディアとなにもかわらんということだ。
いや、べつに勇気ある中の人のために立ち上がれとか、正義のために真実を暴けとか云っているのではなくて、単純にこれだけおもしろい情報に喰い付いて増幅する作用がないのでは、メディアとして、情報の結節点のひとつとして、ウェブ住民のひとりひとりに根本的な欠陥があるのではないかと云っておるのだ。
CONNECT Playerというのは素人がひと目見ただけで使い物にならないと判断できる明確な欠陥品で、とにもかくにも製品としてはきちんと動いて100万台以上売って<失敗作>と云われているプレステ3とはレベルの違う正眞正銘のゴミであって、まあソフト開発の失敗というのはありうるとしても、それを市場に出してわざわざ致命傷を自ら負ってさらに大変な修復作業に追われることを誰にも留められなかったというのはソニーが根本から腐り切っていることの証左ではあろうが、それを笑いものにしているウェブ住民ははたしてどれほどのものなのか。ソニー製品以上に品質に致命的欠陥があるのではないだろうか。
CONNECT Playerというのはなかなか味わい深い名前で、情報の結節点のひとつとしてのウェブ住民のひとりひとりのことを指してもいいような命名ではあるが、ソニーのぶざまさ加減を嘲笑ってるような人は、ちょっとは我が身を省みて考えてみたほうがいいのはないかと想う。
ウェブの新しい仕組みについて云々するのも結構だが、ひとりひとりのCONNECT Playerの嗅覚がやはり一番肝心な機能ではある。いや、マジな話、これからウェブ住人のことをCONNECT Playerと呼ぶことを提唱します。ひとりひとりがメディアであって、情報を増幅して流すための重要な部品であることを自覚するために。
とりえず、あの告発スレはサルベージして、いつでも読めるように誰かしておいてくださいよ。あれほど重要な情報が埋もれていていいはずがないでしょうが。
川上未映子の『わたくし率 イン 歯ー、または世界』をようやく読んだ。
ウェブ上を見てみると町田康の名前と並べて色々云っている人が結構いて、大阪弁というだけで町田康の亜流みたいに考えるというのは、いくらなんでもおまえらこれまで本というものを読んだことがないのかという感じで、大阪言葉の多弁なる文章遣いなんて昔からいくらでもいるだろうと云いたくなりますが、とくにこのふたりの作品は出来があまりに違いすぎるのであたしには信じられないことではあります。
町田康のきっちり造り込まれてどこを切っても均質なよくできた工業製品というか、読めども読めども同じ調子で、金型に流し込んでがっちゃんと打ち抜いただけのどこを削っても赤一色のプラッチックでできてるグリコのおまけのクルマのおもちゃみたいなもんがあらかじめきっちり計算され尽くした道順を忠実に辿ってコントロールされた速度を決して踏み外さずに見事にぴっちり守りながら目的地に間違いなく到達するが如き在りようと、未映子の歪で不揃いで継ぎ接ぎのうえに流体でさえあるどろどろの塊が形象を変転させながらどこに飛んでくのかよく判らんままに蠢いているのとはあまりに対極にありすぎる。
町田康というのは古今の文学史のなかでもあれほど破綻のない展開と均質な文章を駆使する作家は他に例がないのでないかと想えるほどで、手法が究極まで洗練されて確立されてるハーレクインロマンスなんかでももうちょっとノイズが紛れ込んだりして面白味もあるのに、あんなにどこを読んでも同じ調子で単調なもんを読んでる人はいったいなにが面白いのだろうか、それ以上にあんな自動機械が書いてるようなもんを書いてていったいこの人はなにが面白いのだろうかとあたしなんかはなんとも不思議に感ずるのですが、まあそれは好きずきなうえに大きなお世話というもんで、ともかくあたくしはどうせ読むならなんだか判らないどこに連れてってくれるのかまったく先の読めない読んだことのないもんを読みたいという生来の嗜好がございまして、未映子だ未映子だとこの数年ひとさまに笑われながらもきゃんきゃん嬉しがって吠えてるのはここんところがミソなのでありますね。
掲載の早稲田文学復刊0号にはこの『イン 歯ー』が<剣玉基金>とかいうのを受けたとありまして、早稲田文学を私費を投じて長年ひとりで支えていた平岡篤頼がしばしば口にしていて墓碑にも刻まれてる「文学は剣玉である」にちなんでいるとのことで、しかしこの言葉は文学の本質を突いた実に素晴らしい文言ではあるな。
平岡は「作家は頭だけで考えて作品を生み出すのではなくて、心身の全体を使った労働の形で、作品を誕生、あるいはほとんど恋愛に近い読者とのコミュ二ケーションの発生に加担するのです。」というような意味で剣玉と云ってたらしいけど、もうちょっと単純に大きい皿小さい皿中くらいの皿の間を飛び跳ね、先っちょのとんがりに突き刺され、あるいは玉の上に本体(あれはなんてゆうんやろと調べたら<剣>というのか先っちょは<剣先>というのかなるほど)を載っけたり、奔放に飛び跳ねる動的な不定形の在りようとしてこの「文学は剣玉である」というのは川上未映子の作品にこそふさわしい言葉。
いま噂が漏れ伝わっている賞なんかよりも、この<剣玉基金>の第一回が川上未映子初の小説と謳われてる『イン 歯ー』であったことは、この廃墟と云うにもあまりに渺茫と何もない地平がただ広がっている領域にたったいまゼロから未映子が文学というものを復活させようとしている門出においてこれ以上のはなむけはあるまい。
今時のゴミみたいな文芸に満足している輩はともかくとして、文学の復活に立ち会おうとしている眞の眸をもった飢え切った文学豺虎の諸子は座右の銘にして「文学は剣玉である」と朝晩唱えんといかん。それらの文学に眞の眸を具えているがゆえに飢えている者に多少は届きやすくなるという点に於いて、漏れ伝わっている候補も役には立とう。読みさえすれば、判る者にはすぐに判るし。
さても、未映子の作品は絲の切れた奔放なだけのけん玉のようでいて、しかし、確かに絲がぴんと張って玉が重力以外の力に引っ張られて中心に戻ってくる刹那が確かにある。あの絲は果たしてなんであるのか。
存在論だとか規範だとかの哲学的な命題が必ず未映子の作の根柢にはあって、怒濤の言葉の奔流に押し流されて、あるいは逆にあからさま過ぎてかその点は誰もあまり触れないようになっているのだが、やはりそれが絲となっているのだろうか。
『イン 歯ー』と前作の『感じる専門家 採用試験』では、まだ生まれていない子どもへの語りかけというのが中心となっていて、未映子ブログの大島弓子を読めないで今まで生きてきたと合わせて読んでみると、『バナナブレッドのプディング』が念頭にあることはこれ間違いなかろう。
『バナプ』は大島弓子の最高傑作であるとともに初期と成熟期を分岐する画期だけれど、大島弓子は最初からまったく同じことをやってたのに初期作品はなんだか観念的で判りずらく呑み込みにくい。それがやってることは同じなのに『バナプ』以降はすんなり頭に入ってくるようになったのは、視点が複数になったことに尽きる。それまで一人称的だったのが複数の登場人物から多角的に覗き込めるようにしただけのことですんなり頭に入ってきてあれほど感動するのに、さて『バナプ』にはいったい何が描かれているのか説明せいと云われてもこれがなかなか難しいというか洞窟に映った影とかについて漠然と語るならともかく究極的には不可能だ。これが物語というものの面白さであって、ポリフォニー理論とモノローグなんてのはドストエフスキーとトルストイを比較するよりも大島弓子の初期と成熟期を対比したほうがより物語とは何ぞやという深淵を探るにふさわしい秘鑰がそこにはあるだろう。
その大島弓子は『バナプ』を頂点としてじわじわと言葉で説明しやすいような作品内容に変容してゆき、図式的な『ダイエット』なんかに10年で辿り着いて熱死を迎えてあっさり物語を捨ててしまった。あまりに儚い10年だったと云うべきか、はたまた奇跡が10年も続くなんてまこと夢のようだったと云うべきか。
ようやくここで川上未映子の話になるわけだけど、この人の作は『イン 歯ー』なんかでも複数の登場人物が対立しているようでいて登場人物たちの区別がまったく付かないほど同一でモノローグ的かと想いきや主人公が内部分裂というか不定形でひとりポリフォニーになってるという具合で、とりあえず作者の視点なり意図なりがわやくちゃになってるので、あれだけあからさま存在論だとか規範だとか云ってるのに誰もテーマやストーリーには触れずに独特の言葉のリズム感みたいな感想ばかりになる、あるいは眞の芸術の眸のない可哀想な輩には単なる作品以前の落書きみたいなもんとしか受け取れないということになっている。
あたしには大島弓子初期のやり方のままで『バナプ』を越える作劇術になる萌芽がここにあると視ている。似たようなのに多和田葉子『聖女伝説』みたいなのもあるが、『聖女伝説』のような稚拙なもんではなくすでにして川上未映子では実はもう完成していて見えづらくなってるだけだが、これは一重に短いということが障碍になっているのであって、あのまま千枚くらいの長編にしてしまえばテーマやストーリーではなく作品総体が存在論だとか規範だとか未映子の哲学を顕現する構造体となっていることが誰でも判るようになる。要するに未映子の脳なり世界なり宇宙なりの雛型というかそのものであることがはっきりする。あたしが思考の塊を投げつけろ!だとか吹いている由縁の処ではある。
総体が剣玉の絲なのだ。「文学は剣玉である」というのはそれ以外では成り立たないテーゼなのだ。図式などに還元できるものは物語でも文学でも芸術でもない。
千枚くらいの長編に膨らませば脳なり世界なり宇宙なりそのものになるんだからポリフォニー的にもドストエフスキーを越えるばかりか、膨らまされた隙間を埋めるためにもあの怒濤の言葉責めと過剰なイメージの投げつけがより一層でカーニバル的にもラブレーを越えてバフチンも撃沈てな具合になること請け合いだから、編集者諸子は四の五の云わずに未映子を罐詰めにして千枚書かせばよろしかろう。難しいことは一切せずにあのままそのまま膨らませるのが肝要。
大島弓子が言葉で説明しやすいような図式的な処へ墮ちていった元兇のひとつは、『バナプ』以降に短篇ばかりを描いて、複数の視点を作者が自分のものとして完全にコントロールできるようになってしまったということがあるだろうし、『バナプ』の成功は長編連載であるにも関わらず先の見通しをなんにも立てないままに描き綴っていった処にもあるだろう。まあ、先の見通しがないまま突き進んでああいう具合にまとまるというのも奇蹟的で、同じことを繰り返せば同じ処まで到達するもんだとは限らないのであって、大島弓子なんかはあっさり諦めてたのかも知れんが。
ところで、あたくしはいまのいままで『バナプ』は『草冠の姫』の自己リメイクだとばかり想っていて、この駄文をその線でまとめようと念のためどのくらい期間が離れるのだろうかと調べて、こちらのリストを見ると『草冠の姫』のほうが2ヶ月あとなんですな。
ほんまですかいな。順番もですが直後にこれだけ似た作品を出すというのもどうも信じられんのですが、再録じゃなくてほんとに初出なんでしょうか。それとも、あたしがなんかほかの作品と混同したりしてるかな。手元に本がないんでどうにもあやふやですが。
この順番が正しいのなら、それはそれで誰かこのことを考察したりしてるんでしょうか。『バナプ』でポリフォニーを導入してあれだけ成功したあとに、また初期型のモノローグへの搖れ戻しがあったということなんですかね。判らん。大島弓子への謎がまたひとつ深まった。
あるいは成熟をもたらしながらも定番となって最終的にはその豊かな世界を食い尽くして痩せ衰えさせてしまうことになる<第三の視点>への抵抗を、導入した直後早速にも試みたということなのか。大島弓子初期のやり方のままで『バナプ』を越える作劇術という、未映子に視える大島崩壊回避システムを探ろうとしたのであろうか。
剣玉のバランスはかくも危うく脆く味がある。
未映子関連の絶望書店日記
○川上未映子が来た!
○思考の塊を投げつけろ!
○未映子が来る!
世の中には呆れるほど迂闊な輩がいるものでして、そいつあいったい誰だって云ったって、なにを隠そうこのあたくしこと絶望書店主人なんですが、あたくしは今日たったいま
今和次郎が早稲田大学建築学科教授だったことを識りましたよ、ええ。
いや、たぶん識っていたとは想うのですが、当店に何年も並べている大正2,5年の早稲田大学建築科事務室日誌となんも結びついておりませんでしたよ。「今」という名前は毎日のように出てくるのですが、今和次郎とは想わなかった。
建築科の全教授や学生の毎日の出欠、退出時間、成績、卒論タイトル、就職先から、帝大など外部よりの見学者名まで書き込まれて、時間割表、試験問題、理工科からの通達書、教科書の納入書など張り付けて、いやにこまごまと役に立ちそうもない情報が詰まってるなと想っていたのですが、これはつまり身近な日常を観察対象にして『考現学』をしていたんですな。
もっとも、今和次郎は書き込んだりはしてないみたいです。他の教授陣と同じく「今先生」という表記になっておりますし。尊称のないのは、三浦、新津、岩野、若木などで、この4人がおそらく事務員で日誌を書いていたのでしょう。
4人は学生のアルバイトなのか、あるいは後の「白茅会」や考現学調査に参加しているかどうかは調べておりません。
この日誌の最初の3ヶ月は佐藤功一教授のダチョウの特徴ある印が全日付に捺されていて、その期間は活字かと想えるようなきっちりとした毛筆で清書されていますが、この捺印がなくなるととたんに雑な表記になっています。つまり、この恐ろしく細かい役に立ちそうもない情報を網羅するという形式は、佐藤功一教授の指導なんでしょう。
今和次郎が早稲田大学建築科の創設者である佐藤功一教授に誘われて柳田國男の民家調査「白茅会」に参加するのは、この日誌の翌年の大正6年から。初の考現学調査である「銀座街風俗」は大正14年。
『考現学』のメソッドを編み出したのは今和次郎ではなく、佐藤功一だと考えたほうがいいんではないでしょうか。少なくとも影響が決定的に大きかったのはこの日誌を見れば証明できるはずです。『考現学』に対する佐藤功一教授の影響はどの程度認識されているもんなんでしょうか。
佐藤功一教授は大隈記念講堂や日比谷公会堂を設計した建築家で、『考現学』と関係なくとも佐藤功一教授資料として貴重なる日誌であります。
どの本でも元にされている今和次郎[年譜]によると、今和次郎は明治45年に東京美術学校を卒業して早稲田大学建築学科助手となり、大正3年に講師、大正4年に助教授、大正9年に教授に就任ということになっているのですが、この日誌では最初は他の教授陣と同じく「先生」表記、大正2年6月から他の教授陣と同じく「教授」表記、9月から他の助教授陣と同じく「助教授」表記となっています。
9月以降は「講師」という肩書きの人もいるのですが、大正2年はずっと「今助教授」となっています。大正5年はずっと「今教授」ですがこの時期に「助教授」の肩書きの人はひとりもおりません。「講師」は数人います。教授と助教授と合わせて「教授」と表記するようになっただけのような気がします。
とにかく、年譜とは明らかに違う表記がありますので、今和次郎の経歴はあらためて研究し直す必要があるでしょう。肩書きだけなら大した問題ではありませんが、こんな基本的なことが間違っているのなら他にも間違いは多いということです。
この日誌を何年も絶望書店に掲げていて不可解なのは、早稲田大学からただの一度も問い合わせがなかったことであります。自校の歴史を大切にしない大学なのか、あるいはここに辿り着くほどの情報能力にさえ欠けているか。いずれにしても大学を名乗るにはあまりにもおそまつと云わざるを得ません。
あんまり誰にも注目されないんで20万に値下げしていたんですが、これを機会にまた200万円にします。『考現学』資料としてはこれでも安すぎて、億単位にしないと失礼にあたるというもんですが、まあ今日のところはこれぐらいにしておいたろ。そのうちまた値上げするかも知れません。
しかし、なんでまたダチョウなんだろか。