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絶望書店主人推薦本
●女の子向け

 
『炎の女 伊藤野枝伝』

岩崎呉夫 昭38年初版 七曜社 カバー痛み 2000円
伊藤野枝の28年間の無茶苦茶な人生も凄いけど、それ以上にこれは本として実に良くできている。とくにラストは胸締め附けられる!!女子読むべし!!


●男の子向け

 
『ニューヨーク武芸帳』

坂本正治 昭51年初版 中央公論社 並上、少カバー痛み、帯 2000円
坂本正治の痛快本!!前途渺茫たる学生さんには殊に強く推奨いたします。男子読むべし!!売切れました。


●言葉に戯れたい人向け

 
「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」
三島由紀夫『小説家の休暇』『裸体と衣裳』をも越える多彩なる思索日記。うねうねとたゆたう独特の文体もたまりませんです。



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2005/1/2  発信者より受け手のほうがウェブ的と改めて

 世間ではネット・ジャーナリズムとやらの議論がお盛んなようで、それはそれで大切なことでもあるんでしょうが、すぐれた書き手は本でも新聞でもネットでもいろいろ勝手にやっていくことでしょうから、あんまりウェブ特有の話でもない。
 新聞や雑誌は売れなくなって、とくに新聞はいまどきあんなものを読んでくれる呑気な団塊世代の消滅とともに業態を変えざるを得ないでしょうから切り捨て決定済みの末端の記者さんなんかには死活問題なんでしょうが、ウェブ全体の、あるいはウェブの本質的な話としてみなさんが興味を持ったりするのはあんまり健全なことではないと愚考します。
 ちょっとだけ触れておきますと、不思議だったのはウェブは儲からないとか視聴率で見ると2ちゃんでさえ1.6%程度とかいう話があったことで、もし新聞が儲かるのなら新しく新聞社を起こせばいいし、これからテレビ局を新しく創ってそれだけの視聴率が取れるのかあるいは取るためにコストがどれだけ掛かって回収できるのかが問題のはずで、どうも比較対象がおかしいしウェブかどうかは関係ない。
 既存のマスコミが硬直しているとか食い扶持が減るとかこれからジャーナリストとして売り出したいとかいう話はウェブ云々と関係なく、まず新しく新聞社なりテレビ局なりを起こして自分でメディアを握って解決するのがスジで、それは金や手間が掛かり過ぎて事実上不可能、それなら飼い犬としてなんとかしがみついて定年まで堪え忍ぶか、あるいはネット・ジャーナリズムとやらはとりあえず金は掛からんから可能かもって話になってるはずなのになにやら議論が転倒しておる。
 あたしは新しい新聞社がこれから出てくるべきだと考えておりまして、たとえば政治経済専門のフリーペーパーをこさえて特定の駅で通勤客にただで配るなんてことをやらかせば、電車に吊り広告を出して携帯向けブログを発信するなんてよりも商売としても廻る可能性があるやも知れんし、影響力も持てるやも知れん。
 駅売り新聞を駆逐してしまえるのならその広告はどこかに移るんだから、漫然と変化を待ってるよりもてっとり早いし、無料でも駆逐できない内容なら元から議論するほどのことではなくなる。既存のブログの記事でも買い集めて誰かやってみませんかね。あるいは既存の新聞の記事の間違いをひとつひとつ指摘する内容をその日に配るとか。
 いや、べつに普通の新聞でもいいんですが、新しく起こせば<スーツ>を排して自分でメディアを握って自分の責任で好きなように書ける。紙か電子かは関係なくこういうメディアのありようが問題なわけで、なにやら新しい機能が問題のように受け取られるウェブでやるより新聞でやるほうがはっきりしますので。

 それはさておき、あたしはこんな少数の発信者のことよりもウェブ特有の話として受け手の方に興味があります。
 2002/9/25 平均寿命23歳も、本や博物館でこんな莫迦なことを云ってますよという発信者側のことを問題にしているのではなく、こんな莫迦な話を鵜呑みにしている方々がいっぱいいることが検索してみるとはっきり判る、まったく便利な世の中になったもんだなあということが一番云いたかったのでした。情報の受け手の脳内をこれほどまとまった数で覗くことはウェブが生まれる前には不可能だったのですよ。
 2001/9/29 誰かがサボってるも、海外のすぐれたサイトから情報をいただいてきてジャーナリズムをやりましょうというよりも、ごく普通の方々の意識がどのあたりにあるのか、地図を描くための基礎データが欲しいという話なのです。
 海外のすぐれたブログやおもしろブログなんかを紹介するサイトはいっぱいできましたが、私の欲するものはないようです。あれほどお願いしておいたのに、中東の普通の方々のブログは誰も教えてくれんし。国内のブログでもごく普通の方々の意識をまとめたようなサイトはありますでしょうか。
 トラックバックを辿って複数のブログにまたがる議論をツリー状に表示するプログラムなんかはあって、順番に議論を読むには便利ですが、もっと大きく人々の意識の分布が判るようなひとつの議論に対するブログの鳥瞰的な相関図、あるいは個々のブログなんかは関係なくそれぞれの読者数を元にしたウェブでの意識分布が色の違いで一目で判る分子運動図なんてのが早く欲しいところです。それも時々刻々とリアルタイムで色の分布が変転していくものであったなら。
 もちろんこんなものができたならそれに影響されて自分の記事を変えたり、情報操作する輩も出てくるでしょうが、それこそ時代が変わったことが実感できるというもので。
 企業や政府は人々の意識を掴むためにブログなんかをどの程度調査しているのでしょうか。ジャーナリズムなんてことよりも、ハリ・セルダンの心理歴史学の基礎データみたいなものとしてのウェブのほうがあたしには興味がある。絶望書店日記では一貫してこのことを述べてきたのでした。
 ハリ・セルダンの理論では観測対象の人々が心理歴史学の仕組みを識らないことが心理歴史学成立の要件となっておりますが、こんな前提はおかしいので、皆がスコアボードを見ながら陣地を取り合うほうがおもしろいというもの。もちろん政府にもプレイヤーのひとりとして参加してもらって。

 全体の地図を描くのは道遠しでありますが、とりあえず有力ブログはコメント欄に愚にも付かない書き込みをしてもらうよりもその方々にトラックバック先のブログを分類してもらったり、あるいはトラックバックに賛成か反対かくらいは表明する機能を持たせないことには意味付けウェブなんてのはとても辿りつけんけど、この手の取り組みはどうなっているのでしょうか。
 今月からテクノラティとかいうのがアメリカさんからやってきて、個々のブログの位置付け機能も多少はあるそうなんですが、あちらさんのサービスに頼るのはいささか情けない。どうせなら暇な方々に数えたり分類したりしてもらう作業をいかにしたらやってもらえるのか摸索したほうがいいような気がします。こういう受け手にどうやって行動を起こさせるかを実験するにもウェブは判りやすいですから。ポイントを出せばそれだけでいいような気もするのですが。

 もちろん、ネット・ジャーナリズムやブログを巡る議論には受け手のことも含まれてはいるのですが、改めてちょっと強調しておきたかったのと、ジャーナリストやら学者やらブロガーやら偉そうにウェブやら情報について語っている方々がちょっと手間を掛ければ数えたり分類したりできるものをやらずに適当な印象だけで見当外れのことを発信しているのではと、昔の事件や統計なんかをデータ化していてつくづくと想ったものですから。
 いかに膨大な量でもやってみればなんとかなるもんで、どうせウェブやらについてあれこれ語っているような輩は暇人なんだし。

1/3追記
 あや?これをアップした直後に「ソウルの地下鉄では無料新聞が大人気」なんてな記事がヤフーに出とるやんか。韓国のことなんか識らんかった。こんなの書くんじゃなかったな。お恥ずかしい。
 正月早々シンクロニシティーにしてやられるの図。


2004/11/16  ウェブが旧メディアを凌駕する歴史の転換点を示すひとつのやり方

 ようやくにして少年犯罪データベースはてながはじまりました。コメントなりトラックバックなり大いにやっていただければ幸い。
 ぐずぐすしているうちに、はてながなんか妙な具合になっておりますが、いろいろ検討してkangaeru2001氏は住所登録はせずに、登録抹消されたらよそに移るということになりました。もともと、あちこちのコミュニティーにアップする予定だったのですが、そんなやりかたをうざいと感じる方もおることでしょうし、むしろいい口実ができたと想っておったら、またもやはてなの方針が揺らいでいるようで困ったもんです。

 いま少年犯罪データベースがあるサーバでMTなんかのブログを独自にやるのでなくコミュニティーに押し込むというのは、少年犯罪に興味のない方にも見ていただきたいということでして、そもそもkangaeru2001氏もあたしも少年犯罪など興味はなく、情報というものの根源、従来のメディアに対するべきウェブのありかたに関わる祕鑰がここにあるのでないかと考えてこういうことをやっています。
 協力していただいている方もすべて少年犯罪などには興味なく、その方面の専門家はただ問い合わせをしてくるだけでデータ作成などには1人も参加せず、またほとんどの方は問い合わせさえせずに何の基本的情報も持たないまま少年犯罪について偉そうに語っていたりします。
 はたまた、昔のほうが少年犯罪は多かったと云う方も、昔は少年犯罪は報道されなかった、少年のことを考えてむしろ隠されたというようなことをのたまったりすることがありますが、これは明らかに間違いです。いまほど連日大騒ぎするということはありませんが、少なくとも発覚したときの第一報は「子供が人を殺した!」とでかでかと出ます。
 恐るべき事にみんなそんな情報はきれいに忘れてしまうのです。どうしてこんなことが起きるのか。
 例えば、昭和52年(1977).10.13〔2歳女子がカミソリで赤ちゃんの顔を切り刻み殺害〕なんてのも各紙大きく扱われてますが、いま覚えている方ははたして幾人いることでしょうか。この時代に新聞を読んでいたであろう周りの人に訊いてみてください。いったい新聞報道とはあれはなんであるのか。
 一家何人皆殺しなんて事件は少し前まで頻繁にあったのに、見事にすべて忘れ去られ、めっきり無くなってしまったいまになってこの手の事件が記憶から去らなくなって治安が悪化したとか考えるのはなにゆえなのか。ほんとはすべての犯罪をあつかいたいのですが、とても手が回りませんからとりあえず少年犯罪限定でやっているということで。
 情報と記憶とウェブを探る手がかりになれば。失われてしまった記憶をこういう手段によって多くの人々が取り戻すことに仮になれば、それはウェブが従来のメディアを凌駕して世の中を動かしたという明確なひとつの顕れになろうかと。大統領選に影響をあたえるなんてことよりも、こっちのほうが遥かに大きいことだとあたしは考えていますし、メディアの本質を示すことであると想っています。
 歴史の転換点を判りやすい形で示すには、やり方はいろいろあると想いますが、そのひとつとして。中身は旧来のメディアのものに過ぎないというのが、マクルーハンのメディア進化理論に則していてなかなかよろしいかと。
 なんせこれだけの量を示すのは本でも新聞でもテレビでも不可能ですから。昔の少年犯罪に詳しい方が拠り所にしている『青少年非行・犯罪史資料』もあれだけ分厚くても重要事件をほとんど落としていることが、この作業を通じてはっきりと判りました。

 考えてみれば少年犯罪データベースはてなに限らず、ブログは従来のメディアからの情報を元にしているに過ぎないといった話もマクルーハン理論に則しているわけで、やはり恐るべきおっさんではある。
 ただし、次々と新しい情報を追っかけていくだけという<形式>までもが旧来のメディアと同じであるのなら、メディア進化とは云えないわけで。

 データは少しづつ移していって、最終的には80年分ほどがアップされる予定ですが、これだけの分量をあつかう世界で初めてのブログになるような気がしますが、どうでしょうか。すでに何百年分の歴史を綴ったブログなんてものもあるのでしょうか。
 考えてみれば、あたしはブログ事情にすこぶる疎い。同じ規模のものが他にあるのならぜひ教えてください。
 これだけの分量になると従来とは違った見せ方をしないとどうしようもない。なんというか、立体的な構築でないと。
 これから数年経って、十年以上ブログを続ける方が出てくると同じ悩みを抱えることになるのと想います。つまり、この少年犯罪データベースはてなを使って新しいウェブ形式を一足先に見出しておくと、次代のウェブはあなたのものになります。ぜひこのデータを使用していろいろ実験していただければ。
 世の中では新しい形式の検索システムだとか、三次元ユーザーインターフェイスだとかの試みが盛んのようですが、こういう具体的なものの解決を謀ることによって構築していくほうが簡単であるかと存じます。
 もっとも、何年も前の過去ログを読み直すほどの価値を持ったブログがほかにあるかどうかははなはだ疑問ではありますが。グーグルかなんかで引っ掛かって偶然読むくらいがちょうどいいかも知れません。
 少年犯罪データベースはてなはすべて読み返すだけの情報価値があると想ってますので、もうちっと有機的な構造にしたい。
 とりあえず、いま読んでいる年のタイトルがサイドに並ぶくらいのことはやりたいです。最新タイトルなぞ、まったく意味がありませんから。あと過去の日付でも新しくアップされたものはまとめて表示されるとか。
 プログラミングなど判らんあたしには手に負えませんので、どなたかよろしくお願いいたします。

 ほんとはオープンソースコミュニティー的なものでジャスラックの代わりをやってしまうとかいうほうが、ウェブが従来のメディアを凌駕して世の中を動かしたという歴史の転換点を示すに相応しいことなんでしょうが、あたしはあたしのできることをやるしかないし、また最初からそんな完成型みたいなことは無理でちょっとしたことからはじめなければならないのも、これもまた歴史が示していることであります。


2004/9/28  <メディア循環>は誰が起こすか?

 面倒だから原文は読んでないのだけど、ここにある日本語解説の部分だけ見ると、ティム・オライリーがこれからのオープンソース・コミュニティに期待することは、以前にあたしが2003/7/26 <メディア循環>は起こっているのか?に記したようなもんらしい。
 まあ、そうだろな。たぶんあたしが識らないだけでこんなことは前から云ってたんだろけど、あちらの動きを紹介する方々はこういう部分をしっかり日本語化してくれんと横文字に弱いあたしが困る。

 <メディア循環>は、いよいよいつ起きるかではなく誰が起こすかの問題になってきたということだ。いや、大企業が起こすのなら本質的な循環にはならんと云ったほうがよいか。
 レッシグの新しい本でこんなことは論じられているんだろうか。杉並図書館にはいまだに入らないので読んでないのだけど。もう、みなさん飽きてしまってリクエストも出しておらんのだろうな。いくら杉並図書館の予算が減らされたとは云え、あの手のかしこそうで新しそうな本は2人もリクエストを出せば入るでしょうから。
 コンテンツの自由の確保を最優先させなければいけないなどという風潮を一時的にもせよ広めて、流通経路、つまりメディアの自由の確保の重要性から眼を逸らせていたので、これは良い傾向ではある。まさしく、あれこそスーツの手先だった。

 ソフトがコモディティ化(どこでも手に入るありきたりの日用品化)して、かつてハードの世界でデル社が自分では何も作らずにどこでも手に入る有り物の部品を買ってきて組み立てただけで最強のパソコン会社になったようなことが起これば、たしかにオープンソースでソフトなんか作ってても力と自由は確保できない。メディアのほうを抑えなければ。
 グーグルにすべてを握られたら、発生する問題はグーグル八分なんて皮相的なことだけでは済まなくなってくる。
 しかし、解説を読む限りでは、オライリーはお友達帳や予定表を確保しろと云っていて、これはまあ巨大企業に自分のデータを渡さない守りの姿勢としては判るけど、攻めていってほんとにメディアを抑える武器としてはしょぼ過ぎる。コンピュータープログラムがコモディティ化して、メディアを抑えるとなると、やはりコンテンツが重要になってくる。レッシグもここまで踏まえたうえでコンテンツのことを語っていれば評価できるのだが。
 あたしは一応そんなとこまで考えて、よそさんのところのデータ作成に掛かりっきりになっているのだけど、考えてみれば絶望書店主人にしかできない絶望書店の構築をほったらかして、誰にでもできるはずのデータ作成をやるというはおかしな話で、これはメディアの重要な要素であるシステム運用の問題と関わってくる。うまく人を操れていないということで。
 オライリーはオープンソース・コミュニティに「ソーシャルソフトウェア」をP2Pでやれと云ってるけど、これはつまり運用の問題はうまい具合にスルーしろということなのか。運用がなくてメディアが成り立つのか。メディアとはハードやソフトのように使われなくても一応そこに存在する物体ではなく、人々を動かしてこそ初めて成立するものではあるのだが。
 利用者も身内ばかりなら、それはメディアではなくて大企業から逃れるためのシェルターに過ぎんが、そんなものをイメージしているのだろうか。

 iTunesミュージックストアができる前に既存のレコード会社だけではなくオープンソース・コミュニティなんかもあの手のものを成立させられなかったのは、コンテンツの問題も大きいけど、運用の問題も大きいと想われる。
 いまだにiTMSに期待を抱いている輩ばかりだし。既存のレコード会社よりもうまくやる分だけやっかいな存在になるはずで、上陸していない日本は今こそ千載一遇のチャンスのはずなのだが。

 ところで、1年前にオライリーがソフトのコモディティ化についてぶちあげた時、スラッシュドットでのそれに関する議論を読んだんですけど、将来的なソフトのコモディティ化はおろか、すでに起こったハードのコモディティ化についてさえみなさん本質を理解していないみたいでびっくりしました。ここは一応プロのプログラマーやオープンソース・コミュニティに属しているような方のいるところだと想っていたのですが、日本のレベルというのはこんなもんなんでしょうか。あたしがスラッシュドットを読んだのはこの時だけなのでよく判らんのですが。
 同じ頃の2ちゃんの厨房が集まるような板での議論は、さすがにハードのコモディティ化くらいはきちんと踏まえて展開されていたのですが、どうなっているんでしょうか。


2004/8/25  正規表現と神経回路網

 あいもかわらず絶望書店をほったらかしにして余処様のサイトの手伝いばかりをしておりまして、夏には終わるだろうと想っていたのですが、やればやるほど仕事が減らずにどんどん増えてゆく。まったく、どうなっておるのやら。
 おもにこっちゃのものをあっちゃに持っていくという作業のため、正規表現をこしょこしょいじってばかりの日々であります。
 正規表現というのは、特定の配列の文章を検索して書き換えたり順番を入れ替えたりとかいろいろ加工するための手法でありますな。

 そんなときにうちにリンクを張っていただいたこちらのページをぼーと眺めていたら、そもそも正規表現は、人体の神経回路網を数学的に説明するための方法として開発されました。なんてな文章に行き当たりました。
 うーん、こんな面白げなことは初めて聞いたぞ。ほんまかいな。
 正規表現と神経回路網というのがどう繋がるのかどうもよく判らんな。流れる信号のパターン処理ならともかく、網に正規表現か。
 単純に検索した限りではウェブ上に情報は出てこんな。

 あたしはUNIXの成り立ちみたいな本を読んだことはまったくないので、世間的には有名な話なのやも知れん。また、調べてみたら当たり前の使い方をしているだけのような気もする。
 こういう正当な智識無しで、正規表現と神経回路網ということを掘り下げてあれこれ考えみたほうが、なにやらぶっ飛んだ新しい概念が生まれそうな気も。
 もうちょっとでなんか出てきそうなんだが、もひとつあたしの頭の中では新しい経路の神経回路網が結ばれんな。まあ、そのうちなんか出てくるだろう。べつに出てこなくともよいし。
 はたまた、こうやってウェブ上にお題を出しておけば誰かがなんか想い付くやも。もっとも、ウェブ上でこういうぐあいに情報がぶつかり合って有機的な新しい神経回路網が結ばれたなんて例はいまところあたしは識らんが。

 ウェブの神経回路網を数学的に説明しようとする試みがすでにあるのかないのか識りませんが、いまのところウェブは同じような情報がぐるぐる廻っているだけで、パターンは単純で、わざわざ難しい正規表現なぞ持ち出すまでもありませんな。
 もちろん、物理的な網ではなく、内容の意味の部分の話ですが。
 生物の神経回路網の進化から見て、現在のウェブはこの生物と同じぐらいの段階であるとかいうような研究はあるのでしょうか。


2004/6/22  日本で一番賢い妹

 kangaeru2001氏が米ジオでああいうサイトをはじめられたのは、他人様のサイトを無断でコピーするという無茶苦茶なことをやるということだけではなく、元のサイトの閉鎖の経緯がよく判らないことや、やってた方の職業など、いろいろ勘案して、何かあった時に多少の時間稼ぎができるほうがよいかという判断だったらしいです。
 しかしまた、この米ジオがちょっとアクセスが集中するといとも簡単に落ちるので、データをほぼ総入れ替えした段階で引っ越すことになりまして、5/31にkangaeru2001氏がアカウントを取られて、翌日からゆっくりと引っ越し作業をする予定だったのですが、まさにその日に祭が始まってしまって作業に天手古舞いになってしまいました。
 引っ越しだとか、その前にサイト名を変えたりヤフーに登録したりだとか、新しい動きをやってたのは、元のサイトを脱却してもう突つかれるようなことがあっても大丈夫ということもありましたが、それよりもそろそろ祭がやってくるぞというかなり切迫した予感がkangaeru2001氏とあたしに共通してありまして、恐ろしいことにあんなデータにまみれているとこんなことに鼻が利くようになってしまうのです。
 もっとも、年に何度かは低年齡の凶悪犯罪が起こることは判り切ったことでありまして、とにかくサイトがダウンしては肝心な時に役に立たない、前回の祭から開始した苦労も水の泡という切迫感のおかげでなんとかぎりぎり間に合いました。できればあと1週間あれば楽だったのですが。
 サイトの引っ越しなど簡単なことだとお想いでありましょうが、あそこは複雑怪奇な構成になっておりまして、こんな機会にどうしても整理し直さなければならず、150ページのリンクなどの書き換えを手作業でするしかなく、また新たなデータの補充など、あたしも手伝いで掛かりっきりになっておりました。
 そもそも、あの膨大なデータ量をあつかうには人手が決定的に不足しておりまして、引っ越してから実数で数十万人は訪れた方がいるみたいですが、新たに作業に参加すると申し出た者はひとりもおりませんでした。あたしもいつまでもこんなことにかかずらっている場合ではないのですが、困ったもんです。
 作業の甲斐があって13歳以下の犯罪はだいぶ充実しました。一度ご覧になったことのある諸氏も、もう一度ご覧ください。
 妙な事件で抜けてるのは結構あるもので、できれば基本的なことは人に任して、あたしはこんな難しい方面に頒け入りたいのですが、まだまだ基本のデータ化にも時間が掛かりそうです。

 さて、それなりに大勢の方が訪れていろいろ話題にもなっているようではありますが、しかし、全体を観廻すような方はあんまりおりませんから、取り上げられるデータは偏ったもので、ほんとにおもしろいところは見逃されております。
 いや、こんなデータベースで読むとかいう以前に、20年も経ってないのに日本一かしこい妹なんかのことがなにゆえ誰の記憶からもすっぱりと消え去ってしまうのか。はたまた、恋に殉ずるという葉隠れ精神を受け継いだ眞のサムライのことがなにゆえ語り継がれてはいないのか。
 最近のつまらん事件につまらん感想文を綴ったりするより、いくらでも語るべきことはあると想うのですが、なにが悲しゅうて新しいニュースを次々追っかけてゆかなければならんのか、あたしにはとうてい理解できぬことであります。ウェブについてなんだかだと云ってる方は無数にいますが、その点をきっちり分析している方はいるんでしょうか。
 たんにまだウェブは蓄積がなくて、新しいニュースか、さもなくば三国志だとか戦国だとかのデータしか充実していないというだけのことなのでありましょうか。
 これに関してはブログに過去のニュースを流し込んでみて確かめようかと想って、Movable Type日本語版が出るのを待ってたのですがなんかまだなかなかのようで。どっかにただでレンタルできるブログサービスでデータをまとめてアップできるとこはありませんかね。
 はてなダイアリーなんかはバックアップを取ったあとにどうやって元に戻すんでしょうか。CGIで直接フォームに送り込むなんてな方法しかないんですか。あれだけのデータをこんなやり方でまとめて流し込んだら攻撃になったりはしないもんでしょうか。
 誰も教えてくれんな。

 ところで、少年犯罪が起きるたびにあちこちに絶望書店日記のリンクを張る輩がおりまして、この期に及んでまだやってるんですが、もしこれを読んでいるんならやめてもらえませんかね。
 世の中動いていてこの数年でリンクを張るべきページはほかにいくらも出てきておりますし、あたしもそれなりにいろいろやっております。まったく莫迦にした話です。

7/7追記
 この日記を書いた数日前にはてなダイアリーでデータを一括アップできるようになったことを教えていただきました。感謝いたします。
 しかし、この記述でやっぱり以前のバックアップを元に戻すことができないことを初めて識りました。この件についてはずいぶん調べ廻ったのですが、誰もはっきりと書いてくれていない。
 こんな重要な情報をなんで誰も的確に広めようとはしていないのでしょうか。どうでもいい情報だけがぐるぐる廻っているというのに。
 あたくしの調べ方が悪いだけなのか。どっちにしろ、現在のウェブの情報の在り方をあらためて考えさせられました。



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