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『戦前の少年犯罪』
戦前は小学生の人殺しや、少年の親殺し、動機の不可解な異常犯罪が続発していた。
なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!

『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代



二階堂有希子だったのか!!!?ショップ



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Archive for カテゴリー'テレビ・映画'

2006/12/10  丹波哲郎の史上最狂カルトドラマ『ジキルとハイド』が再放送!!

 絶望書店日記は、手塚治虫とブラック・ジャックの秘密を悉くあばきたててしまった「ブラック・ジャックの素」「ブラック・ジャックの素2」を世に問うためにのみ存在したと云っても過言ではなく、この一押しの記事は結構読まれているのですが、残念ながらまったく話題にもならず情報も広まってはおりません。
 これはひとえに肝心の丹波哲郎主演ドラマ『ジキルとハイド』を見てる人が極端に少なく、画像さえない当方の記述ではあんまり皆さんピンと来ていないということがあるのでしょう。
 
 あまりの凄まじさに地上波では30年間二度と再放送されず、CSでさえ滅多に拝むことのならぬ幻のドラマが、丹波さんがめでたく大霊界へと旅立たれたおかげで、丹波哲郎追悼特別企画としてファミリー劇場で5年ぶりに再放送されることになりました。
 12月27日(水)の深夜0時から2日間で全13話一挙放映というなかなかの暴挙です。ファミリー劇場やりよるなあ。あのドラマは週に一本でもかなり体力気力を消耗するのですが、年末にこれでは躯がもつかどうか。脳味噌爆裂するかも知れん。
 とにかく見れ!!!!女房を売り飛ばしてでも観るべし!!!!
 すんごいよ。とくにブラック・ジャックのアニメやドラマを制作するスタッフは刮目して観るように!!!出崎統さんなんかにもちゃんと観てほしい。
 
 ブラック・ジャック云々は関係なしに、これは史上最高のTVドラマ・・・っと云えば異論は出るかもしれんが、史上最高のカルトドラマ、それもさらに極北と云っても絶対に異論は出ない。いや、たぶん。
 事前にこれだけ煽っておいても、実際に観れば、諸氏の想像を遥かに超えた異様なものをそこに視ることになります。半端ではありません。衝撃的です。呆れます。
 丹波哲郎の凄さをすでに十二分に識ってると想ってる方も、これを観ると丹波の真の凄さに打ちのめされます。
 
 手塚治虫やブラック・ジャックに対する世間に流布する言説がいかに見当外れなものであるか、ヲタク評論のたぐいがいかに情報収集力が低く洞察力を欠いているかも判ります。
 とにかく、丹波さんがこの世への置き土産に数日遅れのクリスマスプレゼントをしてくれた今回を逃すと、次は丹波さんが天界から帰ってくるまで観ること能わざるなんてことになるやも知れません。ゆめゆめ見逃すことなきように。
 これを観ないまま死んでは、わざわざ地上界に生まれてきた甲斐がありませんよ。


2006/11/2  新選組血風録のほうだったのか

  時代劇専門チャンネルで『新選組血風録』 がはじまりますよという宣伝をずいぶん前からやっていて、私はてっきり二階堂有希子が出てくる『新選組始末記』だとばかり想っていて愉しみにしてたんですが、ようやく違うことに気づきました。
 最近は2000/11/06 二階堂有希子だったのか!!!?に大勢の人が来ていて、このためだとばかり考えていたんですが、してみると単純にキッズステーションで『ルパン三世』をやってるためだったのか。
 新撰組の両シリーズとは違って、ルパンは再放送を何度もやってるはずなのに、いまだに最初のシリーズを初めて観て初代峰不二子を発見する方が多いんですな。
 
 二階堂有希子さんが使用していた可能性が大きい『新撰組始末記』の台本が役立つと想ってたのに残念。
 ちょっと想い立って、二階堂有希子だったのか!!!?ショップというのをでっち上げてみました。ご笑覧ください。
 「ホーム&キッチン」「スポーツ」「ヘルス&ビューティー」でも初代峰不二子的なカテゴリーを抽出するキーワードをいろいろ考えてはいるのですが、これはなかなか難しい。このアマゾン・インスタントストアとかいうのは恐ろしく単純で制約がきつい分、えらい頭を遣うな。考えれば考えるほど難しい。初代峰不二子が難しいのか。新しい形のパズルですな。
 
 『新選組血風録』はこれはこれで面白いので放映は歓迎なんですが、調べてみるとすでにDVDになっていて、まったく観ることができない『新選組始末記』と比べるとやはりそれほど値打ちはないな。
 栗塚旭とか役者はいいのが揃ってるけど、ドラマとしてあそこまで評価が高いのは、いまのところあたしにはもひとつぴんと来ていません。これからもっと凄くなるんですかね。
 DVD借りてまで観る気のないあたしには、プュシュ型の放送はいろんなものが観れて、そのことはありがたいです。最初のルパンも途切れず再放送して全員が自然と観るようにしておいてほしいものですが、もう地上波では無理な内容なんですかね。

 
    
 


2005/3/3  おいっ!マタンゴのあいつは堤義明だってよ

 日本映画専門チャンネルで、樋口真嗣が東宝特撮映画を語る特番をやってて、『マタンゴ』の暗黒面どろどろの登場人物たちは当時、六本木で派手に遊んでたグループが気に入らなくてそのまんまモデルとして使ってやったと本多猪四郎監督から直接聴いたとかいう話をしてた。
 ワイルド派でちょっと病的な作家が大薮春彦、いかにも良識派のようで結局ひとりだけ逃げ出してしまうヨットマンが堀江謙一、そして、金の力がなくなるとなんにもできなくなる一番情けない土屋嘉男の青年実業家が西武の堤義明なんだと。
 健全路線の本多猪四郎にあんな暗黒傑作映画を撮らせるまでの巨大なる負エネルギーを注ぎ込んだのが堤義明だったとは、国土を荒廃させた堤一族唯一最大の功績だな。金の力をバックとした堤義明の鼻持ちならなさには、『ゴジラ』を産み出すだけのエネルギーを監督に与えた戦火による国土の荒廃とビキニの水爆に匹敵する威力があったわけだ。

 こんな時局ネタとヲタク話が交差する面白げな話がウェブ上でまったく出てきてないのはどういうことよ。
 これほどおいしい話が沙魚川無腸女史のページにさえないやんか。
 まったく、ウェブの面々は同じようなくだらない話をぐるぐる廻しているだけで、こういう肝腎なことは取り揃えておらんな。それでいて、もうなんだかウェブは成熟し切ったかのような達観したようなことを云ったりもするからタチが悪い。
 あの毒キノコはとか、天本英世がやってたあの怪物はとかいくらでも膨らませようはあるだろうに。撮影に使ったキノコは餅に食紅塗ったものでずいぶんとうまかったらしいけど、とくに土屋嘉男は特別の注文を出して砂糖をまぶしてたらしいし。
 ほんとに唯一、3年前の2ちゃんねるの書き込みにひとつあるだけ。ここでは作家が石原慎太郎ということになってるけど、どちらも捨てがたいな。

 『マタンゴ』は1963年の封切りで、制作していた前年はちょうど堤義明が苗場スキー場と苗場プリンスホテルで一発当てた28歳の頃か。
 まだ六本木野獣会とかあった時代だけど、どんな面子とつるんでいたのか、水野久美のモデルが誰なのか、誰かきっちり裏を取ってウェブに上げといてよ。よろしく頼みます。
 キャライメージ的には義明よりも清二のほうがはまるところもあるので、本多監督か樋口真嗣が兄弟を取り違えてるような一抹の不安は残る。

 
 
  


2003/7/14  ブースカは帰ってくるか?

 このあいだまで日本映画専門チャンネルで『快獣ブースカ』をやっていて、何十年ぶりかに観た。
 白黒番組のためほとんど再放送されておらず、最後に観たのはいつなのかも忘れているくらいで見事に頭からすべて消え去っていたが、とにかくあの最終回にぼろぼろ泣いたことだけははっきりと覚えている。世界三大涙の最終回は『ジャイアント・ロボ』『ハクション大魔王』『快獣ブースカ』でありサリーちゃんやらなんちゃらの犬やらは含まれないことに議論の余地はないが、そのなかでも特にブースカは悲しかったという記憶がある。
 たぶん小学校低学年以来に最終回をきちんと観て、じつはあまりぴんとこなかった。それからビデオで3回くらい観返していてこれは想ったより深い構造であることがようよう知れた。

 ブースカと弟のチャメゴンは10光年離れた星に光速ロケットで探検に出掛ける。2匹の快獣や見送る子供たちは20日で帰ってくると想っているが、相対性理論の浦島効果により帰ってくるのはじつは20年後であることに主人公でブースカの生みの親である大作少年だけが気付いてしまう。
 『ハクション大魔王』の最終回も魔王やアクビとの別れが悲しかったわけだが、別れの悲しさは主人公のカンちゃんだけではなく魔王もまわりの子供たちも共有している。同じ別れでも『ブースカ』最終回の悲しさは大作少年だけが真実を識っていることにあるのだと想っていたのだが、どうもちょっと違ったようだ。
 ストーリーを覚えていないのにこんな風に考えていたのは、1967年の最終回から20年を経ていよいよブースカが帰ってくるぞといった特集が16年前からいろいろあって最終回のダイジェスト版をテレビで観たりしていたからだが、今回よくよく観てみるとそうではない。

 そもそも、由利徹博士が開発した光速ロケットにブースカが乗る理由がかなり稀薄なんであった。
 人口爆発によって地球がパンクするので別の惑星に移住するための植民地を築かねばならず、人間が光速ロケットに耐えられるように訓練するには3年も掛かるからという一応の話はあるのだが、明日すぐに地球が破滅するというわけでもないし、どうしてもブースカでなければならないという決定的な外的要因がない。由利徹博士はかなり嫌らしい大人の論理で大作少年を説得しているが、ブースカに一言真実を告げればロケットなんかに乗らないだろうから最終決定はあくまで大作少年の意志に任されている。
 みんなが20日だと想っていてじつは20年掛かるという浦島効果の話としてはかなり無理のある逆転の説明(子供のときはもちろん判ってなかっただろうし、今回も一度観ただけではおかしさに気付かなかったくらい大胆にうまく処理している)は、大作少年だけが悲しい真実を識るためではなく、彼自身にブースカと別れるという決断をさせるためにあったのだ!

 『ジャイアント・ロボ』の最終回ではギロチン帝王の躯が水爆何百個分の核エネルギーの固まりであるため地球が吹き飛んでしまうという絶体絶命のピンチに追いつめられる。そのとき、大作少年の命令に絶対逆らうことのなかったロボが命令を無視してギロチン帝王を抱えたまま飛び立って隕石へ体当たりをしてもろとも爆発する。
 これもぼろぼろ泣ける悲しい別れの最終回だったが、それは主人公の意志を無視する形の別れだったのだ。同じ大作という名前を持ちながら、なんたる対称性かっ!
 仮にこの大作少年が決定を下していたとしても、なんせ地球がいますぐ爆発するのだからロボを犠牲にするしかほかに選択肢がない。彼が命令したとしてもそれは形式上のことで彼の決断とは云えない。自らブースカとの別れを選び取ったもうひとりの大作少年とは根本的に違うし、それは別れのあとの少年の内面をも規定するはずである。

 また、刹那の出来事であるロボとの別れとは違って、ブースカとの別れは決断から丸1日もある漸進的な別れ、まさしく身を割くような別れでもある。
 『ハクション大魔王』も別れまでに時間はあったが、そのあいだカンちゃんは魔王となんとか別れないようにと一生懸命頑張る。大作少年はなんにも識らずにニコニコ笑っているブースカや子供たちと涙を隠して遊びながら、秘密をひとりで背負い込んでなんとか別れようと一生懸命頑張る。もう、泣ける泣ける。
 こんな試煉を少年に課して自らの意志で成長を選び取らせるなんてのは、最終回は市川森一との共作ながら上原正三のいかにもやりそうなことだ。金城くさいところもちょっとだけあるが。
 念のため市川森一のインタビューを読んでみたが、あくまで別れの物語として、少年自身の「意志」としては捉えてなかったし。もっとも、夢に拘る市川森一らしく登場人物同士の別れではなく「夢物語はいつかは醒めなくてはならない」というような表現ではあったけれど。合わせて考えてみると、エヴァ的ではある。

 20年という歳月は子供にとっては永遠に等しくだから悲しいんだと想っていたが、自ら選び取ったとなると20年という歳月はまさしく再会のための現実の積み重ねであり、大作少年の最後の言葉にはたんなる別れの挨拶以上の重みがある。
「行ってこいブースカ。おまえが今度帰る日はぼくたちも立派な大人だ。この地球でぼくたちは戦争をしない。誰とでも仲良くして助け合い、平和な素晴らしい星にするのだ」
「ブースカ、おまえの行く手には新しい時代が待っている。それはぼくたちの時代だ。先に行けブースカ!」

 このブースカの最終回に対する言論界の言説はどのようなことになっているのかあたしはまったく識らんのだけど、外的要因によってもたらされたたんなる悲しい別れの話ではなく、自ら選び取った「意志」の物語としてきちんと受け留められているのだろうか。
 いつまでたっても未来がやってこないなと想っていたが、<未来>というのが時間の経過のことではなく、人が意志を込めて創造する<物語>であるとするなら、あのころの子供たちがブースカの最終回をきちんと受け留めて自ら実現していないから未来に到達していないのではないか。未来に到達していないからこそ、未だにブースカは先に行ったまま地球に着地できないのではあるまいか。あれだけ泣いた子供のころには判っていたのに決断した意志を忘れてしまったのか。年月だけが過ぎ去って、我々はまだブースカに追いついていない。
 何年か前にBSでブースカとの感動の再会とかいう企画があったらしいが、大作少年役の子役の消息はつかめなかったそうだ。あのころの子供たちはほんとに立派な大人になったと云えるのか。ブースカに顔向けできないような気もするな。

 ところで、ひとの記憶力というのはじつにいいかげんなもんですね。ブースカというと毎回ラーメンを何十杯も食べてたというイメージがあったんだけど、じつは全47話中3回くらいしかラーメンは出てこないんですな。
 いや、5回くらいあったかな?このあいだ観たのにもう忘れてる。あたしの記憶がいいかげんなだけか。
 しかし、ブースカが帰ってくるのは30年後だと間違えて覚えている人がウェブ上だけでもたくさんいて、市川森一もインタビューで間違えてたし。じつはあたしもそう想ってたし。高尚な解釋以前の問題か。
 ブースカーっ!帰ってきてくれーっ!バラサバラサ!
 
 
  


2002/10/18  青春を返せ

 チャンネルNECOで昭和38年の映画『青春を返せ』をやってたのでなんとなく観る。
 町工場で働く長門裕之が無実の罪で逮捕され自白を強要されて死刑判決を受ける。芦川いづみは人殺しの妹ということで世間の冷たい風に晒される。年老いた母親は悲観して自殺する。
 なんせこのタイトルで暗い白黒の画面なんで、てっきり冤罪事件を告発する社会派ものとばかり想っていました。長門裕之や芦川いづみなんてかつての青春スターも30近くなるとこんなのに出たがるんだよねえ、日本映画ってやっぱりやーねやーねとぼーっと観ていたら、二審でも死刑判決を受けて弁護士がサジを投げてから急に話が転がりはじめる。
 人まかせにするのはやめて自分で解決しようと妹が立ち上がり、いきなり<名探偵・芦川いづみ>の話となってしまうのです。それまで、たんなる不幸を増幅するための地味な妹役に過ぎないと想っていたからびっくり。

 この手の話はまずとにもかくにも有罪になるだけの証拠がそろっていて、それをあとからひっくり返すというふたつの関門がある。あたしはこの点で充分なる納得がいった作品をあんまり観たことがない。たいていは姑息なごまかしがある。
 たとえば『十二人の怒れる男』は無罪になるのももうひとつ釈然としないが、それ以前にいくら無能と云ってもなんで弁護士が矛盾点に気づかないのかがどうにも引っかかる。
 『青春を返せ』のモデルとなったであろう実在のいろんな冤罪事件もよくこんな証拠や取り調べで有罪に持って行けたもんだと逆に感心するものばかりで、映画化しても事実関係を正すとか巨大な国家権力と闘うというよりは詰まらない役人の保身の哀しさみたいなせこい話か同じことだがカフカ的不条理劇にしかならない場合が多い。
 それがこの映画ではいくつも有力な証拠が揃っていて誠実なだけの弁護士・大滝秀治の力では有罪になるのも納得がいくし、それを素人娘・芦川いづみが執念だけでひっくり返すのもまた充分納得できる。とにかくへんな推理(想像)だけではなく、じつに3年間も歩き廻ってひとつひとつ脚で証拠を潰していくのがいい。「自分の眼で観て自分で確かめる」が合い言葉。酒びたりの元刑事・芦田伸介が揺り椅子探偵よろしく知恵袋としてついてはいるけどちょっとしたヒントをあたえるだけで、じつは芦田伸介のほうが芦川いづみに救われているというのもいい。
 咲き誇る美しい薔薇の園によってすべてが解決し、あーこれでお兄さんも死刑を免れて助かるんだなと明るい気持ちで観ていたら、芦川いづみの身にあっと驚く不幸が襲ってまたびっくり。それもストーリーときちんと噛み合っている。うーん、タイトルの意味はそういうことで主役は芦川いづみだったのか。あたしはこの期におよんでまだ長門裕之が主役とばかり想っていたよ。
 暗い社会派ドラマも探偵物語も、この大時代な少女小説的お涙頂戴ものを現代に成立させるための仕掛けだったのか!非常によくできてるのでしきりに感心する。見事に無駄のないぴっちり90分。かっちり30分ごとに話は急転回し、テンポも画調も合わせて変わる。じつにきっちり計算し尽くされている。
 唯一の難点は役の上でも現実でも27歳の芦川いづみが7年間の過酷な裁判を闘い抜いても20歳くらいに見えてしまうことだけど、泥臭く苦労する社会派ではなく凛々しく可憐に不幸に立ち向かう少女小説としてはこれでいいんだろう。最後はほんとの少女の如くの無垢に還って、それから・・・・・ああっ!

 ウェブ上でこの映画についてふれているのは芦川いづみのファンサイトだけだけど、あんたがたストーリーを間違えとるよ。明らかに社会派ものでもないし。あえて云うと、薄倖の天使・芦川いづみの寓話といった感じ。
 大時代な少女小説や少女まんがを現代に復活させるこころざしを抱く者がもしまだこの世にいるのならこれを観ろ。あたしはこれまでの3回の放映を全部観たけど、まだあと3回の再放送があるみたいで全部観るかも知れん。
 後に結婚する芦川いづみと藤竜也のたぶん初共演で、なかなかいい對峙をしている。ビデオ化もされておらず、映画ファンにもあんまり識られてないような気がするけど、これは名作。



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