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『戦前の少年犯罪』
戦前は小学生の人殺しや、少年の親殺し、動機の不可解な異常犯罪が続発していた。
なぜ、あの時代に教育勅語と修身が必要だったのか?戦前の道徳崩壊の凄まじさが膨大な実証データによって明らかにされる。
学者もジャーナリストも政治家も、真実を知らずに妄想の教育論、でたらめな日本論を語っていた!

『戦前の少年犯罪』 目次
1.戦前は小学生が人を殺す時代
2.戦前は脳の壊れた異常犯罪の時代
3.戦前は親殺しの時代
4.戦前は老人殺しの時代
5.戦前は主殺しの時代
6.戦前はいじめの時代
7.戦前は桃色交遊の時代
8.戦前は幼女レイプ殺人事件の時代
9.戦前は体罰禁止の時代
10.戦前は教師を殴る時代
11.戦前はニートの時代
12.戦前は女学生最強の時代
13.戦前はキレやすい少年の時代
14.戦前は心中ブームの時代
15.戦前は教師が犯罪を重ねる時代
16.戦前は旧制高校生という史上最低の若者たちの時代



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Archive for カテゴリー'本流通'

2001/8/14  この妄想こそが出版なのだ!

 版元ドットコムに版元日誌なんてのがあることに気付いたのは最近のことですが、ひとつの文章がどうにも気になって、その出版社エディター・ショップのサイトを覗いてみました。
 そこでメルマガ・ふってんとかいうのを最初から全部読んでみて、これはなんかよく判らんがただごとではないなと感じました。いや、近頃こんな面白いページは久々に観た!あたしはいわゆるトンデモや電波系にはまったく趣味がないが、これはそんなものとは違う何かがある!!
 早速、問題の久本福子『文化ファシズム』を読んでみました。うぬぬぬぬぬ。うぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ。

 『文化ファシズム』の内容と評価はCafe OPALの日記に的確にまとめられているので読むように。
 何だかよく判らない妄想を人に伝えたくて伝えたくて、ひとりで出版社を立ち上げてしまい、流通に阻まれながらも書店を一軒一軒廻ってなんとか読者を得ようとする。そして、己の想いを伝える武器として電脳と電網の力に目覚めてゆく!
 記号をデザインに使うことに覚醒する場面などは本当に感動した!昨今の電子出版などのぬるい議論に辟易しているあたくしには、これはもうハイパーカードを初めて識ったとき以来の感動だ!したり顔でマヌケな試みを繰り広げている連中とは違って、この人の電脳と電網への洞察は見事に核心を突いている!目先を変えるだけの小手先の技術ではなく、已むに已まれぬ魂の発露であるからだ!!
 そんな部分だけではなくこの本にはとにかく感動した!!あたしが新刊で感動するなど、この十年以上なかったことだ。何故か同じ文章を二度連ねるレイアウトなんかも面白い本であるし。
 この本に書かれている対象についてあたしは智識も興味もないので、どの程度まで間違っているのかは識らんが、なんにせよ本を出すというのはハタ迷惑なもので、云ってしまうと出版とはテロリズムなのだ!人を斬り裂くほどの妄想でないと出版する価値などないのだ!この本はそのもっとも根源的なことを体現しておる!!

 エディター・ショップは版元ドットコムから抜けてしまったようで、これだけの美味しい素材をむざむざ逃してしまうとは、出版社の集まりとしてまったく情けない限りではあります。実際に接すればそうとう厄介な人物であることは想像つきますが、猛獣遣いの能力がないなら編集者など辞めてしまったほうがよろしい。それこそ電脳と電網がある時代にはゴクツブシなだけの不必要な存在です。
 版元日誌には版元ドットコムの売上げが公開されています。ウェブで本を売ることがどれほど難しいかあたくしは識り抜いているつもりですが、それにしてもこれは酷い。エディター・ショップなんかをうまく遣いこなせばアクセスが百倍になって売上げも少なくとも十倍以上には伸ばせるでしょうに。
 読者に訴えかけるサイトも創ることのできない人たちの出版とはいったいなんなのでしょうか。そんな人たちの出す本にどのような意味があるのでしょうか。版元日誌でひとつだけ削除されているのが最初にあたしを惹きつけて実際に本を手に取らせた文章ですが、その他のおよそ読むに値しない凡庸な文章を漫然と綴っている編集者たちの出版とはいったいなんなのでしょうか。『蜘蛛男』の如きメッセージ以外は当然排除すべき場所だということさえ想い至らぬ人々に、読者から金を取って出版する資格なぞあるのでしょうか。
 本を直接売る話で「直販もできない輩には、出版などする資格は最初からない!」とあたしが云っているのは、本とはほかの商品とは違ってメディアであるからです。出版社とはほかのメーカーとは違って、受け手に直接訴えかけるのが商売であるはずだからです。
 いや、いまどきほかのメーカーでも直販しようとしています。中抜きしてコスト削減を図っているだけではなく、明確な商品メッセージを完全にコントロールしたままユーザーに届けたいからです。なんとなれば、家電だろうと服だろうといまや実用品ではなくメディアに近くなってきているからです。
 むしろ出版社だけがメディアの意識を無くしている。意識はあったとしても能力がない。こんな連中の出す本がいままで売れていた方が異常です。そんな異常事態が続いてしまったがために、あたかも本が実用品であるかのような勘違いしたままの間抜けな出版社があったりするのです。そもそも、こんな高邁な話以前に、あんたがたにはどうしてもどうしても人に伝えたい妄想などあるのか!?
 こんな連中に頼っている書き手も同じです。ほんとうにどうしてもどうしてもどうしてもどうしても人に伝えたい妄想があるなら、こんなヌルい連中と付き合っていられるわけがない!!己の手でなんとか読者に届けようと足掻くはずだ!!そう、久本福子の如くに!!!!!!
 いまの日本でほんとうの書き手は久本福子だけで、ほんとうの出版社はエディター・ショップただひとつだけだ!!!!!!!!!!!!どうしても抑え切れぬ眞の妄想を胎内に宿せぬ者は、流れを邪魔をするうえにただでさえ乏しい利益を簒奪する出版界の寄生虫に過ぎんのだ!!!!!!!!!!!!反論できる奴はいるのか????????!!!!!!!!!

 エディター・ショップぐらいの苦労を重ねてみてもうまくいかない場合は、誰かの陰謀ではないかという妄想を抱くのも無理からぬことではある。むしろいまの出版流通が当たり前でこれを維持しようなどと考えるほうが異常者であるだろう。さらにはまともな努力さえ怠りながらブックオフのせいにしたり、果ては読者のせいにしたりする妄想が蔓延しておる!エディター・ショップのほうがよっほど健全だ!!
 Cafe OPALの日記は『だれが「本」を殺すのか』に関する部分を読み誤っている。『だれが「本」を殺すのか』は出版界守旧派の意向を受けて問題を隠蔽するために書かれたという『文化ファシズム』の記述はまさしく正鵠を得ている。もっとも、それに気付かないくらいに脳天気なノンフィクション・ライターであるというのがほんとうのところであろうが。
 『だれが「本」を殺すのか』が駄目本だという文章はあちこちで観たが、これほど的確になぜ駄目かを云い当てたものを初めて読んだ。電脳や電網に関する記述と同じく、『文化ファシズム』の出版流通に関する指摘は悉く澄み切った慧眼のなせる術だ!同じく魂の発露の問題であるからだ!逆に云えば、この人と反対の妄想を抱いている連中に、いかに魂がないかが識れるというものだ!!

 いまだ、出版や本に強靱なる妄想を抱けると自負する諸氏は、エディター・ショップのサイトから直接『文化ファシズム』を買って読め!そして、泣け!
 絶望書店主人は強く推奨す!!

    2002/6/27 おまえら!この妄想を買え!!!!も見よ!!


2001/3/23  本よ!流れにのみ顯現す儚き命よ!!

 倒産した光琳社の本がブックオフ各店に山積みになっておりまして、よくもまあ、中身の空っぽなくだらない本をこれだけ幾つも出したもんであるなあと皮肉ではなく心底感心したようなわけですが、定価の1/10というまあまあ適正な価格がついていたおかげで飛ぶようにして売り切れてしまいました。
 なかには当方が探求書依頼を受けて見つけられなかった本が大量に並んでいたりして、いまの新刊流通の奇々怪々は絶望書店主人の能力を遥かに超えた処にあることをあらためて思い知らされたりもしたわけです。
 光琳社の場合は単純に本の売上げだけではない事情が裏にあるようなないようなよくは識りませんが、一般的にこれだけの勢いで在庫が捌ければ倒産などということはあり得ませんわな。値段だけの問題ではないことは、かなりの割合を業者が買っていたことでも判るはずですが。何割かでも回収できていれば潰れる前にもう一冊は出せたわけですし。
 本が流れていないだけではなく、情報がプロの間でさえ流れていないということです。ブックオフに頼るしかないということです。
 ブックオフを非難している方々はこういうことをどのような具合に観ているのでしょうか。印税をもらえないで、ひとが儲けるくらいなら本を燃やしてしまったほうがよいとやはり考えているのでしょうか。

 ペヨトルなんかもわざわざ大金払って在庫を裁断処分するより1/10価格でブックオフに並べたら、『夜想』やら何やらの中身の空っぽなくだらない屑本でも奇特な方が手に取って魂を吹き込んでくれることもあるやも知れぬというのに。とにかく流せば何かが起こることもあり得る。本とはそういうものでしょうに。光琳社の本だって、生まれて初めて眼にした方のほうが多かったはずです。
 そもそもなんでそのような選択になるのだろうと一年近くぶりにペヨトル工房のサイトを覗いてみれば「解散日記」が驚くべきことに!!まだ続いてて、ますます酷いことになっておる!!本とは何ぞ!?で嗤ってた頃は、死んで逝く身なのだからまあ多少は見苦しい見当はずれの愚痴も致し方ないかと想っておったのだが、いくらなんでもどうなっておるのだ!?
 アマゾンなんかから本のデータを提供してほしいとわざわざ頼んできているのに、拒否してデータの間違いを怒ったりしている。情報くらい云われる前に流さんかい!!相手から拒否されても押し込まんかい!!
 bk1に対しても「どういう紹介文がつくのか楽しみだ」とか云ってる。おのれが書かんかい!!おのれがっ!!!拒否されても拒否されてもスパムの如くに書き続けんかい!!!!!
 いったい出版というものを何だと想っておるのだ!?四角い紙の束を拵えることか!?

 昭和5年の『キング』に載った乱歩の単行本『蜘蛛男』の広告に畏れひれ伏せ!!!これはおそらく編集者の手になるものであろう。広告屋だったとしても依頼されただけの<他者>の仕事ではなく一体となっておるのだから同じことだ。これが出版と云うものだ!!!乱歩の原稿を豆腐のように四角く纏めただけではない!!!たとえ中身の空っぽなくだらない本であったとしても、これだけの迸る熱量を読者にぶつけることができるのなら、それは中身とは独立に屹立す確固たるひとつの出版なのだ!!!こちらの方が出版の本筋なのだ!!!
 本とは流体であるからだ!!!!運動体であるからだ!!!!ひとたび留まれば、乱歩の名作であろうがなんであろうが、それは絶対に本ではなくなるからだ!!!!情報を流すことを怠ったり、裁断処理したりといった選択があり得るはずがない!!!!それは四角い紙の束を本だと想っている<本のド素人>の所作である!!!!!流通こそがすべてなのだ!!!!!!!たとえタダでもなんでも流してしまえっっ!!!!!!!!
 いつまでもゾンビの如く解散などとほざいて本の流れを遮っているお前より、自らを虚しくして本の流動と生命を刹那でも甦らせた光琳社のほうが正しき姿ではないの哉!?ほんとに違うと云うの哉!?
 裁断というのは新たなる本と新たなる流れを生み出すためだけにやむなく流れの滞りを断ち切るもので、それ以外たとえなにごとであろうと赦されざるべきはずではないの哉!?ましてや、新たなる本を生み出すことを自ら放棄した者が、逆に流れを塞き止めるための裁断だとお!!!!!!?
 世界の出版史上、これほど破廉恥な行いが爲されし例が他にあるのか!!!!!!!!!いったい本というものを何だと想っておるのだ!!!!!!!!!<文化支援>とかいうので<他者>の出版をしてきたからできることではないのか!!!!!!!!!申し込んできた者にはすべての出版物をタダで配った八切止夫の最後の態度を何と視るかあ!!!!!!!!!

 とにかく本を焚す奴はすべて本の敵だ!!少なくとも絶望書店の敵だ!!こういう輩は、早いとこみんな消えてなくなってしまいなさい。
 判りましたネ。


2000/12/14  本を捨ててるのはお前だ!

 まだ、ブックオフの本の廃棄についてくだらんイチャモンをつけている莫迦者がいるようなので、もう一度きちんとしたことを述べておく。

 ブックオフに集まっている本は、ブックオフが無ければすべてそのままゴミ箱行きになっていた本である。そのなかの何割かが廃棄されていたとしても、ブックオフが大量の本を救い出していることには変わりないし、ひとがガタガタ云うことではない。
 ブックオフができる前にその十割を廃棄へと追いやっていた、既存の古書店の無能ぶりこそ非難されてしかるべきである。この連中はそのことを反省するどころか、ブックオフに文句をつけ、また中にはあわよくばその廃棄本が手に入らないかと考えている者さえいる!!
 莫迦もんが!!いかに腑抜けた商売をやってる<本のド素人>とは云え、恥ずかしくはないのか!?
 ブックオフの廃棄本に文句があるなら、ブックオフに持ち込まれる前にその本を集める工夫をすればよいことである。ブックオフは規制に守られているわけではないし、閉鎖的な組合で部外者を排除しているわけでもない。古書店としてごく当たり前のやり方で本を集めているだけだ。ごく当たり前のことをすれば、そのすべてを事前にかっさらうことができるし、おこぼれを狙うようなさもしいことをせずに済む。
 古書店として当たり前のことをしてから、一人前の口をきけ!!!!もう一度いうが、お前らはブックオフに並んでいる本の十割を廃棄に追いやっていたんだぞ!!!!恥を識れ!!!!

 もっと本質的で深刻な問題がある。既存の古書店がブックオフよりも貴重な本を大量に廃棄していることだ。
 ブックオフは本の選別をしないので貴重な本が捨てられているとか莫迦なことをのたまう輩がいるが、まったくの逆だ。賢しらな選別をしていないからこそ、本物の本を残すことができるのだ。
 この連中の云う<貴重な本>というのはブックオフの廃棄本にサンリオ文庫があったとか、まあそんなレベルの話だ。そんな教科書に載っているようなものが、<本のド素人>にとっては<貴重な本>なのであろう。
 ほんとに貴重な本物の本とは教科書には載っていないような本のことだ!!どこやらから貰ってきたありがたいリストに沿った本を並べるなどという、誰でもできることをエライと想っているお前らはお笑い草だ!リストからこぼれ落ちた本こそもっとも入手が難しく貴重なるもので、明らかにブックオフのほうがこの手の本が数多く並んでおるわ!!
 それはお前たちのように足りない頭で妄りに本を選別などしていないからだ!お前たちのような釣り堀にはとうにリストに分類された干からびた小魚だけが必要で、観たこともない本物の大魚は邪魔でもあろう。リスト片手に獲物を求める<本のド素人>相手のちんけな商売なのだから、それも致し方ない。
 しかし、お前の捨てているその本こそが本物の貴重なる本であることだけは肝に銘じよ!そらそら、いまお前が捨てようとしているその本だ!リストに載ってないだろう。お前は<本のド素人>だからな、つねに逆の選択をするわけだ!まったく見事な選択眼だよ!素敵な本の虐殺者だよ!
 そもそも、すべての本が判る人間などこの世にいないという、当たり前のことさえ何故判らんのだ!?それは、お前が本をナメてるからだ!!!!釣り堀でたかだか50年や60年修行したくらいのことで本が判るようになると考えている、お前の性根が腐っているからだ!!!!

 まったく正しい本の並べ方をしているのはブックオフだけだ。あたしはこれまで生きてきて面白いと感じた古書店はブックオフただひとつだけだった。ブックオフと絶望書店さえあればほかはいらない。
 もっとも釣り堀を莫迦にしているわけではない。みんながそうそう荒海に漕ぎ出していけるわけでもないので、釣り堀には釣り堀の立派な存在意義がある。
 ただ、己が<本のド素人>であることを自覚し、本物の本をあつかっている者をスジ違いに非難したりはしないように。客を取られたからと釣り堀が海を悪く云うなんておかしなことくらいは、その弱いオツムでも気付くことでしょう。
 本物の貴重なる本を捨てているのは自分であることもきちんと自覚し、罪の意識を抱いて恥ずかしそうにやるように。釣り堀に鯨や深海魚を泳がすわけにもいかないでしょうし、べつにやめろとは云いませんから。
 ただ默って、立派な釣り堀文化を守っていればそれでいいのです。
 判りましたネ。


2000/11/17  <ファウンデーション>の三段階

 ちと断っておくと、当方は取次が嫌いでも再販制反対派でもない。本とは何ぞ?!の最終章で述べたごとくに、もともと本というのは本屋以外の場が中心で、取次や再販制などというのはローカルな話に過ぎず、本物の本の世界とはまったく関係がなく興味もない。最終章だけではなく、「本とは何ぞ」は最初からそういうことが云いたかったのでした。(己の文章を解説する愚。二重の愚か。三重の愚になりそうな気もする)

 さて、そんなローカルではない本の本質的な話として、当方は<読書系サイトのファウンデーション>というものを三段階として考えている。
 前提として<ファウンデーション>とは確固とした組織ではなく、<出版界>や<同人界>などのような本を生むための大雑把な<場>として想い浮かべていただけるとありがたい。

第一段階 書評
 もともとの発想は企業が読書系サイトの中心となるのはおもしろくないという、単純な考えから来ている。当初はアマゾンを仮想敵として考えていたのだが、どうも相手が違ってきたような気もする。
 こんな子供っぽい反発心だけではなく、企業系書評には実質的な問題がある。分割化されて企業を越えて互いに連繋することがないし、例えば新刊だけとかの制約がどうしても出てくる。
 話は飛ぶようだが、本物の作品より面白い伊藤典夫のあらすじ紹介を若い者が手軽に読む機会がなくなったことが、SF衰退の一番の原因ではないかと当方は真面目に考えている。どこかにまとめて置かれているだけではマニアしか読まずに駄目で、ライトノベルの書評などと一緒に並んでいないと意味はない。
 他のジャンルも昔のすぐれた書評が日の目を見ずに大量に眠っており、これらを掘り起こして網羅的にいまの若い者が読む機会をもたらすには、非営利のファンサイトのほうが向いている。
 初心者も手軽に書評を公開できて、古典について識る機会も得る<場>、つまり、読者育成の<場>として第一段階はある。
 まあ、こんな小難しいことを考えずとも、単純に帝国VS義勇軍の戦争ごっことしておもしろいと想うんですが、そうでもないですかね。どうせ本についてのサイトなんかをやるなら、なんかいろいろ張り合いがあったほうがよろしくはないですかね。

第二段階 書店
 これについては唯一の新刊書店、その誕生と終焉を読んでいただきたいが、当方はじつはこんな中央管理型ではなく、分散型のほうがいいと考えている。つまり、ほんとにいまの個人の書評サイトから出版社にリンクを張るだけ。これならサーバも必要ないし、手間も掛からない。角川春樹さんなんか話に乗りそうな気もいたしますが、どんなもんでしょうか。
 ひつじ書房の特許がこんな個人の活動まで縛るとしたら、逆に大したもんですが。

 本の発送なんて大変なことを出版社はやっていられないと云う方がいます。ひょっとすると、本の発送で三年間苦労してきたこの絶望書店に本の発送の大変さをご教示していただいたのかも知れませんが、さすがにこれはあたくしの気のせいでありましょう。
 こういうことを云う方は、弱小出版社がいかに日銭を欲しているかがお判りでないんでしょう。版元ドットコムのごとき面倒なことを出版社が始めた意味をもう一度考えてみる必要があります。書籍流通がまともに機能しているのなら、送料無料にしてまであんなことはやらないでしょう。
 もともと本物の書店でさえ大して売れていない本が<ファウンデーション>を介したとしても爆発的に売れるわけはないですから、心配は杞憂です。もし、売れるようなことがあれば日銭が入るわけですから、アルバイトでも雇えば済む話ですし。
 当方は主に、在庫のすべてを発送するとしても大した数ではない危機的な弱小出版社(全体の半分ほど)を想定していますが、大手ならなおさら何とかします。数量が見込めるのならクロネコが請け負うでしょうし。
 なんにせよ、発送の大変さなどというのは本質的な話ではない。

 数年後にオンラインの新刊書店はこういうデータだけを扱う処だけとなって、現在ある店はすべて消えてしまうんではないかと当方は考えている。紀伊國屋などのリアル書店があくまで顧客サービスとして採算度外視で続けるかも知れんが。
 現物の本を扱っていては採算が取り難いということもあるが、それ以前にウェブでは大規模システムを元にした小売業は無理があるのでないかと考える。アメリカでは証明されたようでもあるし、いまのところ日本でもそうなっている。アマゾンが何か方法を考えているのかも知れないが。
 いずれにせよ、基本的に小さな安上がりのシステムのほうが有利と考えていたほうがよい。ひつじ書房の特許も中央管理型の大規模システムを想定しているのなら、コスト的にかなり無理があるのではないかと想像する。<ファウンデーション>の付け入るスキがここにある。
 なお、当方は新刊にはまったく興味を失っており、これは出版社や本を支援しろという話ではない。その収益や読者同士のネットワーク強化することにより、<他者>を排した本物の出版を行う基盤を創っておかなければならぬということだ。あくまで、<ファウンデーション>建設が中心の話だ。

第三段階 出版
 収益と云っても中央にプールされるわけではない。書評を書いた個人に蓄積されるわけだ。本を観る眼があって、その本を人に買わせる能力がある者に、理論的にはより多くの基金ができることになる。それを元に出版してしまえという話である。もちろん、こんな収益を元にせずとも、自分のこずかいでやってもいい。
 読みたい本が明確な者は出版社などに頼っているより、自分で出してしまったほうが手っ取り早い。シリーズ物が途絶えた場合などを想定すると判りやすいが。
 ひとりで出版して上記の書店システムで売ってもいいし、広く仲間を集めて、ひとり10冊づつ買い取りにしてもよい。いらない9冊は個々がウェブで売ってもいいし、近所の本屋(魚屋でも花屋でも構わない)に営業して置いてもらってもいい。気長に何年も掛けて在庫を捌いてゆけばよい。同人活動とやることは変わりない。自分の書きたい本ではなく、読みたい本を出版するだけの違いだ。うちわの自己満足に終わってもいい。妙なマーケティングをもとにした、誰ひとり満足させない本が大量に煽れている現状よりは。
 コミケでこんな動きが出てくるのではないかとも考えていたが、通常の出版とは違う異世界だというプライドがあくまで強く、流通ルートも一般の本とは明確に違う。電子出版の世界が幾分近いが、これは相変わらず電子である必然がなく、生命線である<場>も形成されていない。<ファウンデーション>の第一、第二段階はまさしくこの<場>の形成のためのものなのである。つまり、通常の本の読者と流通ルートを確保しておくことだ。
 いまあるオンライン新刊書店が生き残って理想の姿になったとしても、この<他者>を排した本物の出版物を流通させる場とはならない。無理に乗せたとしても埋沒するだけである。当方がオンライン新刊書店など当てにするなというのはこの点にある。
 ここはのちのちの<ファウンデーション>史の試験に必ず出るポイントだから、よーく頭に叩き込んでおくように!君たちのようにいまの書籍流通やらウェブ販売をどうしようかなんてとこから考えるから、肝心なことが判らなくなるんだ!逆から解くんだよ!!逆から!!
 問題なのはあくまで<他者>を排した本物の出版で、そのために<ファウンデーション>が必要で、そのために書店もやってしまえという話なんだ!!!!いまあるオンライン新刊書店がどんな姿になろうが、歴史には何にも役に立たんのだ!!!!倒産したら何にも残らんのだ!!!!

 この先、ベストセラーを出す大手出版社とほんとの個人経営の出版社しか残らないとはよく云われる。これは大いに結構なことだ。もともと本とはオープンソース・・・とはちと違うか?バザールとか云ったほうがよろしいか?なにやらそんなような方式で出版するのが本来の姿だ。どうせ儲からない個人経営なんて欺瞞もやめて、最初から非営利の個人が集まってやってしまえばよいのだ。
 作家が印税なんかで暮らすようになったのはつい最近で、それまではパトロンに養われてたりした。とくに日本の場合はひとりの富豪ではなく、大勢の庶民のネットワークで支えてたりした。もともとの正しい姿に戻るだけだ。いや、印税だとか出版社だとかいうのはそういう姿のちょっと変わった亜種だっただけのことに過ぎぬ。
 好むと好まざるとに関わらず、多くの作家はこういう<場>を基盤にしないと本を出せなくなる。そのための<ファウンデーション>だ。

 そうなると、当方なぞも心ときめかせる本物の本が出てくるやも知れず、それさえあれば、あとのことはもうどうなろうともいい。いや、出てくるかも知れないという一条の光さえ射し込めば、それでいいのだ。
 そして、そこで初めて、<第二ファウンデーション>による真の革命に向けた四段階目の暗躍が・・・・・


2000/10/31  唯一の新刊書店、その誕生と終焉

 ウェブ上できちんとした利益を上げることのできる新刊書店の形状は、ひとつしかあり得ない。EasySeekが古書店相手にやっているようなやり方だ。つまり注文を受け付けるだけ、決済も発送も出版社にやってもらう。現物の本には一切触れることなく、データのやり取りだけで、売上げの一割をいただくというやり方だ。
 読者はどんな本がどの出版社から出ているかははっきりとは識らず、何千もある出版社サイトをいちいち廻ってもおれない。ウェブ上の直販をやっている大手出版社サイトもほとんど売上げがない由縁である。すべての出版社のデータをまとめて客の注文を一括して受けるサイト、つまり書店があれば出版社にも利益はあり、一割程度のマージンを払う価値はある。古書店はその価値を認めてEasySeekは繁盛している。
 もっとも、ただデータをまとめて注文を取るだけなら、ヤフーなどの大手ポータルのほうが適している。やはり、書評などで売上げを上げる工夫をしないと、出版社が書店と組む意味はない。

 こんなことは誰でも想いつくことで、書評.comなどというとこが出版社に対して書評を有料で掲載すると売り込んだのも似たようなことを考えてのことであろう。しかし、書評はタダと想っている頭の固い出版社に書評を売るなどというのは、ビジネスセンスが無さ過ぎる。同じようなことをやっても&lt;書店&gt;と云えば出版社もマージンを払う意味が判るし、いままで二割ほど取っていた書店が一割となると安いという感覚も出てくる。
 また、book-map.comの電脳書店構想も似たようなシステムだが、間にわざわざ取次や従来型の書店を置いている。ただでさえ少ない流通マージンでこんなことができるわけがない。利益をきちんと上げるには、出版社と直で結ぶしか成り立たないシステムなのだ。
 しかし、そうなると取次の親会社である大手出版社は決して参加しないだろう。ほかの中小出版社も取次から睨まれるのを恐れて参加できない。取次というのは出版社にとってほんとに怖いものらしく、天皇制以上のタブーと云われるのは大袈裟ではない。
 そうなると最初から大手取次に相手にされていない、このまま座していては倒産だけが待っている弱小出版社しか参加できないことになる。しかし、これは利点でもある。
 つまり、大規模なシステムは必要なく、個人でもできる、いや小さな儲けで充分な個人の方が有利であるわけだ。サーバ1台と手作りプログラミングでなんとかなるから、失敗したとしてもリスクはほとんどない。現在書評サイトを持っている諸氏にとっては、やることは基本的に変わらない。電脳書店構想で真ん中を抜いたものをイメージすればよいが、書評から出版社のデータにリンクを張って、注文を流せるようにするだけだ。取次を介しているオンライン新刊書店にリンクを張ったりするより、ダイレクトに出版社を支援することができるわけだ。
 版元ドットコムなんて出版社がやっているおあつらえ向きのサイトがあって、ほとんど売れていないだろうから(何の根拠もない推測なので違っていたらごめん)、こんな処と組んで実績を創っていけばいい。売れたあとに一割払うのなら出版社にもリスクはないから組まんこともないだろう。実績ができれば、ほかの中小出版社も現在の売上げは最悪なので組まざる得ないようになる。出版書籍全点は取次との関係で難しいが、数冊なら問題はないはずだ。横やりが入るかも知れんが、そうなれば彼らの守る「文化」とやらがどういうものかはっきりするだろう。
 どうせ、個人が支援したい本は数点なのでこれまた都合がいい。先に儲けを考えなければならない大規模書店は数を揃えないといけない上に結局ベストセラーを前面に押し出すしかなくなり、じつは出版社にメリットはあまりない。通常では売れないような本を個人がこつこつ売る方が、出版社も組む意味もあるだろう。

 また、本とは何ぞ?!で説いた読書系サイトの&lt;ファウンデーション&gt;建設にもつながることになる。電脳書店構想のように公的なシステムなどに任せるとロクなことにならんので、身軽な個人が集まってやるに限る。大儲けにならずとも、好きな本をほんとの意味で支援できて、書評がデータベース化されて読めるようになって、取次を排除して出版社の実入りがよくなって、ついでに本を読むことだけで食べていけるのならみんなに取っていいこと尽くめだ。
 絶望書店がやってもよさそうなものだが、当方が心ときめかせる新刊はこの数年一冊も出てこないので不可能なのです。商売だけで本を誉め称えるほどの器量は絶望書店主人には備わっていないのです。ぜひにも皆様方の手で・・・。

 ・・・てなことをこの絶望書店日記でゆるゆると説いてゆくつもりであったのだが、日記をはじめる前日、まさにその日にアップされたひつじ書房の10月4日の日誌を見たら、この手のシステムのビジネスモデル特許を出願したと書いてある!うぬぬぬぬ。
 いや、この人は昔からこういうことを提唱していたので、そのこと自体はいい。しかし、NTTと共同出願だとおおお?!!!!正気かあああ?!!!!!!
 ようやく大手取次の魔手から逃れる道が開けてきたというに、今度はあの膨大な数の社員に無駄飯喰わせるための金を出版界から搾り取るつもりかい?!!ウェブ上の書籍流通の支配権を握らせるだけでなく、読書系サイトさえ仕切らせるつもりなのか?!!だいたい、小難しい技術も大規模システムも不要どころか、逆に足枷になるはずなのに、なんでわざわざ共同で?!!
 あたしは新刊にはもう完全に見切りを付けているのでどうでもいいのだが、これは古書販売やコミケにも影響するような特許じゃあるまいな?!!
 なんにせよ、よりにもよって世界一コストが高くて動きの鈍い企業と組むとは・・・。NTTとなるともっと最悪のシナリオも浮かぶのだが、あまりに恐ろしくて深く考えたくない。
 これを識ったときにはさすがの絶望書店主人も眼の前が真っ暗になり、頭がくらくらしてきた。
 このシステムの命は&lt;他者&gt;を排除することにあったはずなのだが、最初から終焉を迎えたということなのであろう。

 あたしはあくまでもひつじ書房の日誌の一行の記述を読んだだけなので、まったく見当はずれのことを云っているのかも知れぬ。二週間待ってみたが、まったくどこにも話題になっておらず、それ以上の情報が出てこない。
 何故だ?!!これは再販制廃止やアマゾン上陸や盗聴法なんかより、百万倍も重大事ではないのか?!!
 詳細をご存じの方は教えてください。お願いします。



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